「助けてー」「ありがとう」「お世話になります」「ごめんなさい」「お願いします」「あなたのおかげです」

彼らは、こうした言葉を言えば救われる。

しかし憎しみの感情があるから、なかなか言えない。

なかなか「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか言えない人は、自分の心の底に憎しみがある。

「ありがとう」とか「ごめんなさい」を言えない人は、自分には憎しみがあるのではないかと、一度心の底を見つめてみることである。

どうしても「ありがとう」とか「ごめんなさい」とかいう気持ちになれないで、「すみません」ばかりになってしまう人がいる。

そういう「すみません」ばかりの人は、心の底の無意識の領域にある憎しみを意識の上にのせないかぎり、なかなかコミュニケーションができるような人にはなれない。

何かがうまくいったのは、相手と自分との関係でうまくいったのである。

だから、うまくいったときには「ありがとう」と感謝をすることである。

先に挙げたような「すみません」ばかりの人達は、なかなか「ありがとう」という気持ちになれない。

たとえ「ありがとう」という気持ちをいったんは持っても、関係がうまく続き出すとすぐに慣れてしまう。

彼らは「ありがとう」という気持ちを持てなかったり、すぐに忘れる。

よく、質の悪い女の例として「近づけるとつけあがる」といわれる。

もちろん男も女も同じであるが。

コミュニケーションできる人は「すみません」より「ありがとう」と言える節度がある。

自己執着の強い「すみません」より「ありがとう」を言えない人は、いったんことがうまくいき出すと節度を失う。

「すみません」より「ありがとう」を言えない人は、気がつかないうちに傲慢になる。

「親しき仲にも礼儀あり」という有名な言葉があるが、これは水くさい礼儀をいっているのではない。

親しい仲でも「ありがとう」という感謝の気持ちが大切だということであろう。

ダラダラダラと自分の話をして、その時間が終わった。

このときにどういう気持ちになるかである。

悩んでいる人の手紙の中に、ダラダラダラと自分の話を書いてくる人がいる。

何のために手紙を書いているのかわからない。

おそらく周囲に、自分のことを話す人がいないのだろう。

ありのままの自分を受け入れてくれる人がいないのだろう。

ダラダラダラと自分のことを話すことができる相手が、自分の周囲にいるということは、大変にありがたいことなのである。

※参考文献:無理しない練習 「自分らしく」生きたほうが好かれる 加藤諦三著