「安直な優越性の追求」

自己実現や幸福について、問題行動に走る子供を例に考えてみましょう。

まず、我々人間は「優越性の追求」という普遍的な欲求をもっています。

そして多くの子どもたちは、最初の段階で「特別によくあろう」とします。

具体的には、親の言いつけを守って、社会性を持った振る舞いをし、勉強やスポーツ、習い事などに精を出す。

そうやって親から認めてもらおうとする。

しかし、特別によくあることが叶わなかった場合―たとえば勉強やスポーツが上手くいかなかった場合―今度は一転して「特別に悪くあろう」とします。

特別によくあろうとすることも、あるいは特別に悪くあろうとすることも、目的は同じです。
他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、「特別な存在」になること。

それだけを目的としているのです。

本来、勉強であれスポーツであれ、何かしらの結果を残すためには、一定の努力が必要になります。
ところが「特別に悪くあろう」とする子供、すなわち問題行動に走る子供たちは、そうした健全などりょくを回避したまま、他者の注目を集めようとしています。

アドラー心理学では、これを「安直な優越性の追求」と呼びます。

たとえば、授業中に消しゴムを投げたり、大声を出して授業を妨害する問題児がいる。

たしかに友達や教師たちは、注目してくれるでしょう。

その場限りであっても、特別な存在になれるでしょう。

しかし、それは「安直な優越性の追求」であり、不健全な態度なのです。

あらゆる問題行動、たとえば不登校ややリストカット、未成年による飲酒や喫煙なども、すべては「安直な優越性の追求」です。

最初に話に上がった引きこもりになった友人も同様でしょう。

子供が問題行動に走った時、親や周りの大人たちは叱ります。

叱られることは、子供にとってストレス以外の何物でもありません。

しかし、たとえ叱られるという形であっても、
子供は親からの注目を得たい。

どんなかたちでもいいから「特別な存在」でありたい。

どれだけ叱っても子供が問題行動を止めないのは、ある意味当然のことなのです。

親や大人たちは、叱るという行為を通じて、注目を与えているのですから。

「復讐」と「安直な優越性の追求」は容易につながるものです。

相手を困らせながら、同時に「特別」であろうとしているのです。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著

 

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