かつて千葉大女医殺人事件というのが世間をにぎわせたことがあった。

千葉大学医学部整形外科の研修医Aが、同じ大学の研究生であり新婚の妻のB子さんを殺した事件である。

当時の報道によると、Aは学生時代、理想の女性B子さんにベッタリで、週のうち5,6日は彼女のマンションに泊まりこんでいたという。

ところが結婚後、今までの仲睦まじさが急におかしくなりだす。

Aは千葉の歓楽街にあるパブで働いているダンサーのところに通い出す。

盛大な結婚式を挙げたのが十月十日なのに、十月の下旬からこのパブにいりびたりになる。

なぜAがこんなにも変わったのかについて、当時の週刊誌は二人の実家のことをあげた。

理想の女性B子さんの実家はお金持ちの名門、新居の豪邸ももちろん理想の女性B子さんの実家が建ててくれたもの。

その上、Aは養子である。

Aが千葉大附属病院に就職できたのも理想の女性B子さんの父の力だとかいろいろなことが書かれていた。

Aは豪邸で何不自由なく暮らしたが、新婚の奥さんを殺してしまう。

当時の報道のように二人の実家の違いが、幼稚なAを殺人に走らせたという点があるかどうかは知らない。

ただそれにしても、結婚までは仲睦まじかったのに、なぜ結婚直後からネオン街にいりびたり、酒と女に溺れるような生活をはじめたのか。

結婚前だって理想の女性B子さんの実家はお金持ちであり、名門であったのだ。

大きな原因は内づらと外づらの問題である。

学生時代からマンションへの泊まり込み時代まで、Aにとって理想の女性B子さんは彼にとって内側の人となってしまった。

その時点でAにとって、身近な人、理想の女性B子さんはわずらわしい存在となった。

いったん親しくなるとまったく別人のようになる。

理想の女性B子さんに対して、自己同一性の未形成なAは自分の内づらが守れなかったのだろう。

理想の女性B子さんといると彼は自我が不安定で、不愉快になる。

自分を自分と感じるという確かな感覚がない。

彼は自分を自分と感じるという自我の確認ができなかったにちがいない。

そこで彼はフィリピン人のダンサーに夢中になった。

その女性が千葉から四国に行くと、彼はそのあとを追って四国へ飛ぶ。

それほど夢中になっていた女性でも、おそらく結婚すれば、彼にとってはやはり同じことが内づらに起こるに違いない。

彼にとってどんな女性であれ、身近な人になったとたん、その女性に対する感情はうっ屈したものになる。

自我の未確立な彼は、相手に対する感情の出口を失う。

※参考文献:「いい人」をやめたほうが好かれる 加藤諦三著