自分を守るということは、人に優越することでもなく、人を批判することでもなく、現実から引きこもることでもない。

自分を守るということは、自己実現することである。

自分の良さを見出すことである。

自分の良さを見出すことは独りよがりの想像ではない現実にコミットすることである。

自分の良さを見出し、自己実現できれば、コミュニケーションできるようになる。

こちらが自分の良さを見出し、自己実現していれば、相手がわかる。

自己実現するということは、現実とコミットするということである。

自分の良さを見出すことでもある。

現実の自分と接しないで、現実の相手と接しないで、現実の世界と接しないで、頭の中の想像の世界だけでいきていて、自分の良さを見出していない自己実現はあり得ない。

自分の良さを見出すコミュニケーションは幸福と同じで、現実とコミットすることの結果であって目的ではない。

現実にコミットする上で大切なのは、形の上での「一緒」というのではなく、心が触れ合うことである。

自分の良さを見出すことである。

駆け落ちは相手を見ていない。

心中も相手を見ていない。

相手とコミットしていない。

心中というと、二人はものすごい関係と思うかもしれないが、実はお互いに現実の相手とかかわっていない。

自分の良さを見出せていない相互性の欠如である。

自分の良さを見出せない「他者の自己化」で、相手は自分が勝手に想像している他者である。

現実の他者ではない。

そして自分の良さを見いだせていない。

自分の良さを見出せる人はもし心の深いところで触れ合っていれば、一緒に死なない。

人は生きるようにプログラムされている。

ネット心中も、普通の心中も同じこと。

1人で死んでいっている。

相手を見ていない。

そして、自分の良さを見いだせていない。

「大恋愛」も同じである。

神経症的傾向の強い自分の良さを見出せない人は、傷つきやすいし、相手を傷つけやすいといってもいいだろう。

この二人が男と女として出会うと、最初はものすごい「大恋愛」になるかもしれない。

お互いに普通の人よりお世辞が嬉しい。

それは自分の良さを見いだせていない事につながる。

しかしお互いに相手とコミュニケーションしていないから急速に冷めて、自分の良さを見いだせず、お互いに相手を傷つけ合う。

お互いに普通の人よりお世辞が嬉しいし、普通の人より傷つきやすい。

お互いに自分の良さを見いだせていない。

自分の良さを見いだせていない人は大恋愛からあっという間に刃傷沙汰になる。

いずれにしてもこういう自分の良さを見いだせていない人達は、誰ともコミットしていないから、人間関係の努力が報われない。

人間関係をよくしようと無理をするのだが、自分の良さを見いだせていないし、心がふれていないから、結果は期待したようにはならない。

やはり、自分の良さを見出すには自己実現することである。

現実にコミットすることである。

※参考文献:無理しない練習 「自分らしく」生きたほうが好かれる 加藤諦三著