30歳の過渡期

私たちは人生を十分知らないうちに人生最大の決断を迫られる。

仕事を決めることと配偶者を決めることである。

この二つとも、出発点は不安を伴いながらも、喜びと希望に満ちている。

しかし、必ず色あせる時期が来る。

なぜなら、その決断は、以前の自分がよいと思って下したことなので、成長した現在の自分が望むこととの間に、ある程度の齟齬が生じざるを得ないからである。

従来の発達論では、人は成人に達すれば、後は大人として成熟していくと考えられていた。

ところが、多くの人のライフサイクルを研究したレビンソンらの結論によれば、人生とは不安定な過渡期と安定期との繰り返しであるという。

とりわけ、30歳前後の過渡期は、多くの人にとって厳しいストレスに満ちた危機の時期になるという(なお、現在は仕事の確定も結婚もかつてより遅くなっているので、必然的に30歳の過渡期もやや後方にずれるものと思われる)。

大部分の人は20代に職業を決め、なかには20代で結婚する人もいる。

しかし、まだ仮の生活という意識がどこかにある。

ところが、30代になると、仕事も生活も真剣で現実的で拘束的なものと感じられてくる。

そうしたことで、30歳の過渡期が訪れるのである。

最初は、焦燥感や満たされなさの感覚とともに、自分が作り上げた生活構造にかかわる疑惑として体験される。

「自分の生活に何か足りないところがあるのではないか?」

「人生を間違えているのではないだろうか?」

「今の仕事を続けていっていいのか?」

「今の生活を続けていっていいのだろうか?」

「今、変えなければ間に合わないのではないか?」

このような疑惑や不安に追い立てられて、仕事や生活を見直し、修正しようとする。

この過渡期が終わり頃になると、目はもっぱら将来へと向けられる。

すでに行った選択を再確認する人もいるし、生活の新しい方向を見つけて新たな選択を行う人もいる。

ある大学教授にとっての「30歳の過渡期」は遅れて現れた。

それは、就職したのが26歳と遅かったためである。

就職先は直属の上司のいない助手という快適な職場であり、充実した数年を過ごした。

しかし、30歳を超えた頃から、訳のわからない焦燥感に苦しめられた。

仕事にも慣れて、研究者としても「やっていける」とある程度の自信を持ちえた時期でもあったのに、なぜか、自分が歩きつつある人生への疑惑に苦しんだ。

「本当にこのままの生活でよいのだろうか」
「本当は別な人生を望んでいるのではないだろうか」
「今の研究テーマでよいのだろうか」
「価値ある研究になるだろうか」。

この焦燥感を乗り切ろうと、人生論に関する著作を何十冊も読みあさった。

一日に2冊、3冊と読んだこともあった。

そうした時期がほぼ一年近く続いた。

やがて、自分の人生設計のなかに現在を改めて位置づける作業を成し遂げた、と思える頃、この状態を抜け出すことができた。

同時に、これまでの研究テーマの意義を再確認できて、仕事への新たなエネルギーを沸き立たすことができた。

忘れられない夢をどうするか

この時期に、抑えていた夢がどうしようもなく頭をもたげてくる人もいる。

前途洋々たる位置についている人でも、どうにも諦められない夢に揺さぶられる。

会社で早い昇進をした人は、夢見ていたシナリオライターになるために会社を辞めることを本気で考えた、と言う。

夢を優先させる決断をした人もいる。

陶芸家で生きていこうと大学教師を辞めた人がいる。

家庭科の教師だった人は菓子作りの夢を諦められず、フランスへと旅立った。

ある若い編集者は、研究者を目指して大学院に戻った。

別の人生を生きたいという夢のために離婚した人もいる。

30歳の過渡期を、ほとんど危機感なく通り過ぎることができる人は、現在の生活が人生設計に沿って順調に進んでいる、と感じられる人である。

仕事が自分に向いている。

給料や労働条件もまずまずだ。

結婚も賢明な選択であったと思う。

しかし、こうした人でも、この時期には微修正を迫られるのが通例である。

家庭生活や職業生活に重大な疑惑や問題を抱えながら、それに目をつむったままでこの時期を通り過ぎていくと、あとでその付けを払わされることになる。

この時期の新たな選択や、過去の選択の再確認が、自分の夢ばかりでなく、自分の能力や現実的な可能性とも一致していれば、その後満足のいく生活を築く土台となる。

30歳の過渡期にしっかりと仕事や自分の人生を見つめ直したい。

40代以降を心地よく過ごすために

30歳の過渡期を賢明に乗り越えることで安定期が訪れる。

充実した職業生活を送り、それぞれの分野で専門家として位置づけられる存在になる。

しかし、やがて40歳を過ぎる頃になると、人生半ばの過渡期が訪れる。

それは、仕事上での将来の位置も見えてくるし、身体的にも多少の陰りを感じるようになるなどのためである。

しかし、この時期には、もはや家庭的にも職業的にも大きな変更は困難である。

そのために、仕事に偏りすぎた生活を修正するとか、より内面的な生き方へと舵を切るなど、小幅な修正にとどまるのが普通である。

ただし、これまでの人生をおざなりに生きてきた人、とりわけ30歳の過渡期に解決すべき課題を放置してきた人は、この過渡期にその付けを払わされることになる。

それは、職業や職場を替えることであるかもしれないし、離婚であるかもしれない。

この時期の大きな軌道修正は、その後の人生に困難を継続させることになる可能性が高い。

このように、人生とは葛藤の時期と安定した時期との繰り返しであり、それぞれの過渡期の課題にきちんと立ち向かっていくことが、実り多い人生をもたらすのである。

※参考文献:「自分には価値がない」の心理学 根本橘夫著