三十代半ばの女性・千果さん(仮名)が、気分の落ち込みや対人ストレス、不安や不眠を訴えて相談にやってきた。

そもそも、愛着障害の千果さんがうつや不安の症状が出て、初めて心療内科を訪れたのは、まだ二十代初めだった十二年前のこと。

症状に波はあるものの、愛着障害の千果さんはそのころからずっと、落ち込みやイライラ、不安といった症状が続いているという。

愛着障害の千果さんは当初は抗うつ剤や抗不安剤、その後は、躁鬱も疑われて気分安定剤などを服用してきたが、はかばかしい変化は見られない。

愛着障害の千果さんは体がいつも緊張している感じで、力がうまく抜けない。

昔の嫌な記憶ばかりがよみがえってくるという。

愛着障害の千果さんは職場も、最初はとてもうまくいくのだが、やがて対人関係が行き詰って嫌になり、転職するということを何度か繰り返している。

愛着障害の千果さんは、最近では、以前はウマが合い、親しくしていた人ともギクシャクすることが多く、みんなが自分から離れていくような感じがするという。

ただよく考えてみると、相手から離れていったというよりも、自分の方が、些細なことを許せないと感じて、周囲の人と連絡を絶ってしまっているのだった。

困っているときには何くれとなく相談をしてきて、愛着障害の千果さんを頼っていた女友達が、愛着障害の千果さんが紹介した男性と仲良くなったとたん、愛着障害の千果さんのことを後回しにするようになった。

自分はもう用済みなのかと思ったとたんに「そんな人はこちらからお断りだ」という気持ちになってしまい、メールにも気のない返信しかしなくなった。

すると相手からもメールが来なくなった。

やっぱりそんなものかと、人間不信に陥ってしまった―。

愛着障害の千果さんが今回のうつが強まったきっかけは、そんな具合に、親しかった友人が彼氏の方に夢中になって、彼女が「見捨てられた」と思ったことにあるようだった。

だが、よく話を聞いていくと、愛着障害の千果さんは他の友人との関係でも、職場での人間関係でも、同じようなパターンを繰り返していることがわかってきた。

気に入られようと尽くし、否定されることを恐れている愛着障害

まず、愛着障害の千果さんの行動の特徴は、相手に気にいられようとして一生懸命尽くすということだ。

仕事でも、上司や顧客に認められようと、涙ぐましいまでに努力をする。

自己犠牲的ともいえるサービス精神や、献身的な努力に、相手は感動し、最初はとても良い関係が生まれる。

ところが、そこまで尽くしても、上司や顧客は、いつも愛着障害の千果さんを評価してくれるとは限らない。

愛着障害の千果さんの献身的なサービスに相手も慣れっこになってしまうという面もあり、愛着障害の千果さんが顧客の要望に沿うべく、大変な時間と手間をかけて新たなプランを練っても、思い付きで覆されてしまうということも度々だ。

甘やかせばいくらでもつけ上がってくる感じで、当然のごとく求められてしまう。

それでいて、顧客や上司が少しでも不機嫌な態度を見せたりすると、愛着障害の千果さんはおろおろしてしまう。

つねに技術的な勉強も怠らず、仕事もきっちりこなす愛着障害の千果さんだが、自分に自信がないため、いつ「クビだ」と言われないかと戦々恐々としている。

愛着障害の千果さんには、安心感や、人に対する信頼というものがなく、物事を絶えず悪い方に考えてしまうのだ。

「症状」は、真の問題ではない愛着障害

この愛着障害の千果さんの状態は、症状だけを見て診断すれば、軽いうつ状態や不調感が続いているということで、「ディスチミア(気分変調症)型うつ」が病名に挙がるだろうし、また不安や緊張が強く、かつて過呼吸や動悸に襲われることも何度かあったことに注目すると、「不安障害」、中でも「パニック障害(パニック症)」といった診断がつくかもしれない。

さらには気分の波に注目して、「双極性障害」ではないかと考える人もいるだろう。

また、自己否定が強く、見捨てられることに対して過敏な点に注目すると、軽度ながら「境界性パーソナリティ障害」があるのではないかと見立てる人もいるだろう。

どの診断もそれぞれ、愛着障害の千果さんの抱えている症状を一部説明することができ、どれも間違っているとはいえない。

ある意味、どれもが併存しているといってもいいだろう。

しかし、そうした多面的な症状を列記して、診断するというやり方では、何か曖昧模糊としたままで、掴み難いものが残るだけでなく、治療という段になると、結局いろいろな症状に効く薬を何種類ものまなければならないということになる。

それで良くなれば、まだ救いがあるのだが、はかばかしい改善も見られず、相変わらず生き辛さを抱えて苦しんでいるとなると、あまり有効な対処だとはいえない。

ところがこの愛着障害の千果さんの状態を、愛着モデルで見ると、どうなるだろうか。

愛着障害の千果さんは、相手が友人であれ、同僚や上司であれ、顧客であれ、その人に気に入られようとする涙ぐましいまでに努力をする。

相手の顔色に敏感で、自分が相手からよく思われていないと思うと、不安で仕方がなくなる。

こうした特徴は、愛着不安(愛着する相手に自分が受け入れてもらえているか不安なこと)が強い状態であり、「不安型」と呼ばれる不安定な愛着に特徴的なものである。

もう一つ、愛着障害の千果さんの対人関係において目立つ傾向は、傷つきやすいだけでなく、傷つけられたことにとらわれ、そのことを引きずり続けていることである。

ずっと昔のことなのに、昨日のことのように、その不快な記憶がよみがえってきて、もう一度心をえぐられるような気持ちになる。

傷つけた人への怒りの気持ちに捉われ、イライラしたり、かと思えば、やるせない悲しい気持ちになって落ち込んだりする。

こうした傷つきやすい傾向を抱えた人は、過去に実際に傷つけられた体験をしていることが多く、さらにその「自分を傷つけてきた人」が、本来であれば自分を一番守ってくれるはずの親であったという事も多い。

また、親が意図的に傷つけてきたというよりも、親にはそのつもりはなかったが、結果的に傷つけてしまっていたというケースも多い。

未解決な愛着障害―責められ、否定されて育つ

親や、その人にとって大切な存在から受けた心の傷を引きずり、傷つけられることに敏感になった状態を、愛着障害のタイプとしては「未解決型」愛着と呼ぶ。

未解決型の人は、普段は穏やかで、明るく、落ち着いているように見えても、その人の愛着に傷を与えた人のことを考えただけで、冷静ではいられなくなり、顔つきまで変わってしまう。

その部分にだけ、心のクレバスを抱えているのである。

その影響が、親や傷を与えた人との関係だけにとどまるのならまだいいのだが、こうした傷の影響は、他の対人関係にも及んでしまう。

人を心から信じられなくなってしまったり、傷つけられることに敏感になりすぎて、悪意がない相手や物事にまで悪意を感じてしまい、過剰反応し、良好だった関係まで自分から壊してしまうということが起きやすい。

結局、愛着障害のその人は、過去の亡霊を、目の前にいる別の存在に対して見てしまっているのである。

親や、愛着障害のその人を傷つけた存在に対する不信感や怒りを、別の人にぶつけ、幻を相手に一人相撲をとってしまい、結果的に無関係な人間関係まで壊してしまう。

じつは、愛着障害の千果さんも、未解決な愛着の傷を抱えていた。

愛着障害の千果さんは幼いころから、父親に再三暴力を振るわれて育ったのだ。

父親は短気ですぐにカッとなる性格で、愛着障害の千果さんが何か失敗しただけで「このバカ!」と罵り、手を揚げるのだった。

父親のことが怖くて、愛着障害の千果さんはいつもビクビクしていた。

大きくなってからも、どんなことであれ、父親に知られるのが不安だった。

「父親が知ったら、また怒り出すのではないか」という警戒心が働いてしまうのだ。

バレエの発表会のとき、愛着障害の千果さんは生理になってしまった。

そのことで、愛着障害の千果さん自身がとても恥ずかしい思いをしたのだが、それを知った父親は、いきなり怒鳴りつけて、愛着障害の千果さんを殴った。

また、明らかに相手が悪いことであれ、誰かとトラブルになったと聞くと、父親は愛着障害の千果さんが悪いかのように怒り出すのだった。

一方で母親は、そんなときでも父親を恐れ、愛着障害の千果さんのことはかばってくれず、「父親を怒らせた愛着障害の千果さんが悪い」というような言い方をするのだった。

愛着障害の千果さんは、理不尽に責められ、否定されるだけでなく、そうした攻撃から誰も自分を守ってくれないという絶望感の中で育ったことになる。

それが愛着障害の千果さんの安心感の乏しさや根深い対人不信感となって、心だけでなく体に染み付いていたのである。

心のクレバスは、そこに触られるだけで気持ちを不安定にしてしまう「トリガーゾーン」でもある。

かつて傷ついた状況と似た状況が再現されると、たちまち気持ちが落ち込んだり、冷静さを失ったりして、情緒不安定になってしまうのだ。

何年にもわたって症状が続く理由、愛着障害の克服

愛着障害の千果さんのように虐待を受けて育った人だけでなく、両親の不仲や離婚、親との離別、親の再婚や、自身の異性関係で傷ついた経験を持つ人で、そのことを克服しきれていない場合、しばしば未解決型の愛着スタイルが認められる。

結局、愛着障害の千果さんは、見捨てられることに敏感で、人の顔色を過度に気にする不安型愛着とともに、過去の傷に触れられると不安定になりやすい未解決型愛着を抱えていたのである。

対人関係の土台であり、安心感の土台でもある愛着が、二重の不安定さを抱えていることで、不安やうつの症状だけでなく、見捨てられることへの敏感さや傷つきやすさが強まり、対人関係の行き違いも生じやすくなっていたのだ。

症状だけで愛着障害の千果さんに起きていることを理解しようとすることが、いかに表面的で、浅薄な試みでしかないかは明らかである。

そして、症状だけを改善しようとしても、何十年にもわたって同じような状態が続いてしまう理由も明らかである。

本当に起きている問題は、愛着が傷つけられ、その部分が不安定だということに由来しているのである。

愛着障害がベースにあると、慢性的なうつや不安、情緒不安定、自己否定、見捨てられることへの敏感さ、対人不信感といった、千果さんに見られる特徴的な状態が、すべて現れやすくなる。

さまざまな診断名をならべなくても、愛着障害という根本的な問題によって、一元的に説明することができる。

愛着という、対人関係だけでなく精神的安定の土台である仕組みにスポットを当てることによって、症状に目を奪われるのではなく、根本にある問題に接近することができる。

症状にばかりに目を向けて、その点ばかりを改善しようとする試みよりも、根本的な改善や回復のチャンスも増えるのである。

だが、現実の医療は、次に見るように、それとは正反対の方向に突き進んでいるように見える。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著