同じ家族で育ったきょうだいでも、体験は非常に異なるものです。

アダルトチルドレンを抱えたトニーが幼い頃、彼女の家族は一緒に休暇を過ごし、週末には遊園地に行ったし、毎日の夕食の席では父親がふざけてみんなを笑わせたものでした。

けれど彼女の妹、ダナが七歳になったころにはすでに、両親は離婚していました。

休暇旅行や週末のお出かけは母子家庭にとってお金がかかりすぎ、夕食も姉妹二人だけで母親はまだ仕事から戻らない、ということが多かったのです。

早く生まれたからというだけで、トニーは妹が得られなかった安定した幼年期を体験していました。

子どもの性格を左右する要素は、たくさんあります。

生まれつき性格が違っているだけでなく、きょうだいはそれぞれ家族にとって違った時期に登場してくるのです。

際立った違いのひとつは、多くの家族を苦しめる依存症の進行段階によるものです。

たとえば親の一人が社交のための飲酒から、問題飲酒、そして依存症へと進んでいく場合、比較的早い段階に生まれた子どもは、まだ健康な子育てを体験するチャンスがあります。

生活に一貫性が残っていれば安全を感じられるし、親からの愛情表現が得られれば人を信頼する力を育てることができます。

けれどあとから生まれた子どもは、こうした体験をしそこなうことが多いのです。

その子たちにとって、家族の生活は破壊的で混沌としたものになります。

生まれた順番によって、子どもはそれぞれ別の視点で周囲を見るようになり、生き延びるための違ったやり方を身につけるのです。

きょうだいというのはお互いの自己否定感の証人のようなものです。

互いの存在が、子ども時代の傷つき、失望、怖れ、怒りを映し出す鏡となっているのです。

関係が表面的になるのも不思議はありません―そうすれば痛みを思い出さずにすむからです。

人は家族と親密な関係でいたいと願うものですが、私達の多くにとって、それはあくまで現実でなく夢に過ぎません。

中には、子ども時代にきょうだいとの十分なつながりができていて、自分が癒やされることできょうだいとの親密さが育っていく場合もあります。

一方、情緒的な孤立の中で育ったために、きょうだいとの間に関係を育てるだけの土台がなかったり溝が大きすぎる場合もあります。

私たちの側にきょうだいと誠実な関係をつくる準備ができていたとしても、相手はまだその段階にいないことがしばしばです。

あなたはきょうだいに、過去の体験やアダルトチルドレンの回復についての情報を与えることができます。

機会があれば、過去がきょうだいの人生にどう影響し、どんな行動を引き起こしているか説明することもできるでしょう。

ただし相手が耳を傾けるかどうか、話を聞き入れて行動を起こすかどうかは、あなたがコントロールできることではありません。

自分の回復から焦点をそらさないことです。

多くの人にとって他人に気を取られるということは、自分への注意が散漫になって焦点が当てられなくなるということなのです。

※参考文献:子どもを生きればおとなになれる<インナーアダルト>の育て方 クラウディア・ブラック著 水澤都加佐監訳