私たちは長いこと、ふつうの人間関係や適切な人間関係とはどういうものだろうと、あれこれ考え推測しながら生きてきました。

そして多くの場合、自分だけで必死に考えて動いています。

次にあげる健康な人間関係の特徴を読みながら、さまざまな人との関係を振り返ってみてください―両親、子ども、パートナー、友人などとの関係です。

状況や相手によって関係のレベルは変わってきますが、ここにあげた特徴はすべての健康な関係に当てはまるものです。

尊重

私があなたを尊重するとは、あなたがあなたであることを受け入れ、あなたが自分で決めて行動することを受け入れ、他の誰とも違うあなたのユニークさを受け入れるということです。

誠実

誠実で率直なコミュニケーションとは、自分をそのまま表現することが許されるということです。

自分が完璧でなくても、相手と意見が違っても、拒絶を怖れずに自分の気持ちを言うことができるということです。

そのためには自分に対しても正直であることが必要です。

また相手を攻撃したり責めたりせずに感情を伝える方法を学ぶことも必要でしょう。

現実的な期待

自分が相手に対して何ができるか、相手が自分に何をしてくれるかについて、現実的になることが必要です。

相手にはあなたのニーズに応える責任はないことを知っておきましょう。

あなたのニーズの多くは、自分の責任で満たすもの。

一方で、友人や家族、パートナーと満たすさまざまなニーズもあります。

共に楽しむこと、気持ちを分かち合うことや、性的な分かち合いなどです。

それでも相手がいつもあなたのニーズに応えられるとは限りません。

誰かがあなたのニーズをいつでもすべてみたしてくれようとしたら、要注意です。

おそらくその人は、拒絶されることを非常に怖れ、自分自身のニーズに責任をとらず、自分というものの感覚を持っていません。

信頼

信頼とは「私はあなたといて心理的にも身体的にも安全だ。

あなたが私をどう扱うかについて、怖れたり心配したりしていない」ということです。

信頼が存在するためには、相手の行動や態度に一貫性があり、ある程度の予測がつくことが欠かせません。

相手から信頼されるためには、言った通りのことを果たし、当てにしても大丈夫だと行動で示すことが必要です。

信頼は時間をかけて育てていくものです。

自主性

自主性とは、相手の言うなりではなく自分で判断して行動を選択し、自分がなりたい人間になっていく責任を持つことです。

健康な関係では、互いの自主性を分かち合います。

二人がすべてのことを同じように考えたり感じたりする必要はありません。

個人が消滅して一つになることなしに、自分を分かち合うのです。

時として自主性が、限度を知らない身勝手さに成り代わってしまうことに注意が必要です。

「自分以外のことなんてどうなろうと知らない。私には好きなようにする権利がある」。
これは境界の侵害です。

ほしいものをほしいときに他の人から奪う権利は、誰にもないのです。

力の分かち合い

健康な関係とは、相手をコントロールするのではなく、力を分かち合うものです。

二人のうちのどちらも、自分から主導権をとって動く立場にもなれるし、それに何らかの反応を返す立場にもなれます。

二人で肩を並べて歩くこともできます。

そこにはギブ&テイクが存在します。

正しくあらねばという必要性には縛られません。

どちらが主だという考え方が入り込む余地はありません。

あるのは相互関係であり、相互の支え合いです。

親子の間にも、力の分かち合いが必要です。

親は小さい子どもに対して権威ある立場として行動することが必要だし、健康な環境を提供し境界を示す責任がありますが、その上でなおかつ、子どもの年齢にふさわしい分野で力を分かち合うことはできるのです。

やさしさ

やさしさが目に見える形で表現されるのは、愛情のこもった動作によってです。

これは私達が豊かでいるために必要な、性的意味合いではない身体の接触をさしています。

慈しみをこめて身体に触るのは、「私はここにいるよ。あなたは一人ぼっちじゃない」「あなたを支えよう」「やあ」と言っているのです。

やさしさは、言葉や態度によっても表わされます。

その基本となるのは、細かい違いに目くじらを立てたり批判的になったりしないこと。

その人をその人として受け入れるということです。

時間

関係が育つには、時間を共にすることが必要です。

150組のカップル(4年以上同居している人達)に毎日どれぐらいの時間を一緒に過ごしていますかと質問したところ、平均23分だったそうです。

人生でもっとも大切であるはずの人との時間が一日に23分とは!

人はさまざまな理由で心が離れていきますが、その理由のひとつはこんなに単純なことです。

他の責任に縛られて、関係の中に「いる」ことに時間をとれなくなってしまうのです。

自分にとって価値ある関係は、時間を必要とします。

時間をかけて健康なきずなを育てていくためには、相手との関係に関心を払うことが必要だし、自分から働きかけていく必要があります。

長いこと身構えながら生きてきた人は、関係に問題が起こるとすぐに「最悪のシナリオ」を思い浮かべるものです。

パートナーとの間にトラブルが生じると、私たちは自動的に、次はどこへ行けばいいのか、どうやって一人ぼっちで自分を支えればいいのか、「そこらへんに」誰か他にいないだろうかと考え始めるのです。

けれどパートナーの場合に限らず友人でも仕事相手でも、きずなで結ばれた関係には、もしもその関係に問題が生じたら前向きに解決をはかるのだという信頼感が存在します。

問題が起きたからといって関係が終わるわけではないということを信じられるのです。

それは、何が起ころうとその関係にとどまり続けなくてはいけないという意味ではありません。

人は変わっていくものだし、それにつれて関係も交渉しなおせばよいのです。

絆はさらに強まることもあるし、弱くなることもあります。

絆を結ぶにあたって、私達は関係がうまくいくよう自分ができることをすると約束しているのであって、虐待されてもかまわないとか、自分を傷つけられても文句を言わないという言質をあたえているわけではないのです。

(多くの人が、長期的な絆で結ばれたパートナーとの関係を切望していますが、もしあなたが今、特定の人とそのような関係を持っていないとしても、自分はどこか間違っているのだと考えないでください。

こうした関係を持たないことが、今のあなたにとってもっとも健康なことなのでしょう。

特定の人との関係がなくても、あなたは友人や、自分自身との親密さを育てていくという大切な作業ができます)

許し

どんな関係にも、許しの存在する余地が必要です。

関係における許しとは、傷つけられることを容認するという意味ではありません。

相手のしたことは忘れないけれども手放すということです。

その問題は手放すけれど、自分の境界はおかされないという意味なのです。

※参考文献:子どもを生きればおとなになれる<インナーアダルト>の育て方 クラウディア・ブラック著 水澤都加佐監訳