自分の思いや感情を分かち合うべき大切な人がすでに亡くなっているために、アダルトチルドレンからの回復の重要な部分を逃したように感じている人がいるかもしれません。

親が亡くなっている人は少なくないでしょうし、他の家族や、パートナーや、あるいは友人を亡くしている場合もあります。

そんな時でも、象徴的な方法による相手との分かち合いは可能です。

大切な人を亡くしていて、その人との関係であなたが何か傷ついていたとすると、喪失の悲しみはとても大きなものになります。

それは過去の悲しみであり、かつ決して手に入らない未来の悲しみでもあるのです。

アダルトチルドレンを抱えたリタの父親が亡くなったとき、彼女は深い悲しみと怒りをともなった、ほとんど身体的な痛みを感じ、その喪失感の大きさに戸惑いました。

アダルトチルドレンのリタは今まで父親に親近感を持ったことはありませんでした。

娘を寄せ付けない冷淡な態度を、アダルトチルドレンのリタはしかたないものとあきらめていたつもりでした。

けれど父親の死によって、アダルトチルドレンの彼女は今まで父から得られなかったものではなく、これから決して得られないもののことを、心から思い知らされたのです。

彼女はもう決して父親と一緒になごやかな時間を過ごすことはありません。

決して父親から認めてもらうこともありません。

今になって父親から聞きたくてたまらなかったのだと気づいた「愛しているよ」という言葉を、決して聞くことはないのです。

すでに父親との関係における喪失に目を向け、何度ものグリーフワークを繰り返してきたにもかかわらず、その死によって初めて姿を見せた深い嘆きは、彼女をさらに掘り下げたグリーフの作業へと導きました。

アダルトチルドレンのリタと同様に多くの人にとって、しばしば相手を決定的に失うことが、もっとも深い悲しみと受け入れの段階へと背中を押すものになります。

この世を去った人に対して言葉を伝える手助けとなるのは、多くの場合、プロのセラピストの治療技法です。

サイコドラマなどの技法によって亡くなった人と対話をするのは、とても治療的な効果があります。

亡くなった人の墓に出かけて語りかける人もいます。

その人の写真をイスに置いて向き合い、話すこともできます。

「私はあなたに怒っていることがあります。それは・・・」と怒りを伝えるのが必要な人もいるし、「私はあなたが・・・したことを許します」「私が・・・だということをあなたにわかってほしい」と語りかける人もいます。

何より言っておかなければならないのは、回復はあなた自身のためのものだということです―親が生きているかどうかに関わりなく。

大切なのはあなた自身、そしてあなたと人生との関係です―その中には、肉親の死を受け入れるということも含まれるのです。

※参考文献:子どもを生きればおとなになれる<インナーアダルト>の育て方 クラウディア・ブラック著 水澤都加佐監訳