イライラの心理学

●自分に対する怒りの外化

自分が自分におこっているときに、それは三つの表現形式で表れるとカレン・ホルナイは言う。

第一がイライラである。

第二の表現形式は「増大する従順」である。

第三の特徴が身体の不調である。

”見返すために実力以上のものを求める”

まず、イライラの原因は何か?

自分は愛されなかった。

その自己蔑視が長い間に心の中にしみこんでしまう。

すると何が起きるか?

「見返したい」という気持ちになる。

勝って皆を見返したい。

まず、神経症的野心を持つ。

傷ついた自分の心を癒すためには社会的に成功して皆を見返し、皆から注目される自分にならなければならない。

そこで復讐的勝利を目指す。

頑張って成功しなければならない。

自己蔑視を動機とした目標は、どうしてもその人の現実の能力を無視したものになる。

つまり適切な目標ではない。

適切な目標ではないから多くの場合努力は実らない。

努力するのだけども望ましい結果にはならない。

人間関係では嫌なことばかりが起きる。

周りの人がついていかない。

そんなに目標が立派でも、周囲の人はその人に相応しい目標とは思っていない。

だから周囲の人は心からその人はその人に協力しようとは思わない。

自己蔑視をした人は「現実の自分」を考えて目標を立てるのではない。

自己実現のための目標ではない。

それは皆を見返すための目標である。

傷ついた心を癒すための目標である。

それが「理想の自我像」である。

それをじつげんすれば、皆から賞賛を得られる目標である。

その目標を達成すれば、傷ついた心が癒される。

賞賛されるために「現実の自分」の能力では無理な目標を立ててしまう。

しかし心の傷を癒すためには、その目標を達成しなければならない。

そうなれば頑張るしかない。無理をする。

無理に無理を重ねる。

心の傷を癒すために無理を乗り越えようとする。

普通の人なら「無理だよ」とあっさり諦めることも諦めない。

普通の人はそれほど深く傷ついていないから諦められる。

普通の人がそこまで頑張らないのは、普通の人はそれほど自己蔑視していないからである。

自己蔑視している人が、とにかく心の傷を癒すために頑張って、頑張ってあるポストについたとする。

しかしそれは所詮その人の能力では十分にはこなせないポストである。

そのポストにいること自体が無理なのであるから、当然毎日イライラする。

会社にいてもイライラ、街を歩いてもイライラ、駅のホームでもイライラ、電車の中でもイライラ、家に帰ってもイライラ。

それはその人の生存の土台自体が無理だからである。

建築で言えば、土台が傾いているようなものである。

何かいいことがあっても、それは傾いた土台の上でのいいことである。

土台が傾いている家の部屋にいい絨毯を敷いても、部屋が傾いていることには変わりない。

自己蔑視から努力しても成功しても、それで心理的に落ち着きを取り戻せるわけではない。

今いる場所がその人に適していないからである。

能力的に見て適していないけれども心の傷を癒してくれる。

そうなればそのポストにいることが辛くてもそのポストを手放す気にはならない。
つまり基本がイライラした心理状態なのである。

だから何かいいことを体験して嬉しくても、イライラの上に乗っかった嬉しさでしかない。

したがって何かあれば一瞬で喜びの感情は雲散霧消してしまう。

そして土台にある怒りや不満が吹き出す。

敵意と憎しみが心の中に充満している。

基本が不満な人は相手を悪く解釈する。

お腹のすいている時には相手を悪く思う。

偏見を持つ。

自分の適性に合っていない職業について頑張っている人がいるとする。

たとえば政治家になるべき人が学者になってしまった。

学者としての業績があがらない。

あるいは学者になるべき人が家を継いで商売を始めてしまった。

しかしその職業が自分の適性に合っていないと気が付いていない。

そんなときに、なぜかいろいろのことに不満になる。

周囲の人の態度に不満になる。

そういうときに息子にイライラする父親もいる。

心の不満が息子の言葉を通じて出てくる。

そういう父親は子供の中で一番やさしい息子に当たる。

また、人は自分に満足していなければ、なかなか人にやさしくなれない。

自分に満足している人は、それほど人を悪くは言わないし、社会に対してそれほど不満を言わない。

「社会が悪い、政治が悪い、アメリカが悪い」と騒がない。

自分に不満だからこのように騒いでいる人たちは、違った社会になってもまた「社会が悪い、政治が悪い、アメリカが悪い」と騒ぐ。

これが不満の外化である。

日本の若者が諸外国の若者に比べてとびぬけて社会に対して、地域に対して、職場に対して、家庭に対して、学校に対して不満なのは、彼らが自分に対して不満だからである。

実は深く傷ついた時が大きく成長する機会なのである。

深く傷ついたとき「自分は今人生の岐路に立たされている」と思わなければならない。

成長する人は「なぜじぶんは、あそこで深く傷ついたか?」と自己分析する。

反対にそこで挫折して捻くれる人がいる。

怒りと憎しみを持つ人がいる。

挫折した人は、復讐的勝利を目指して頑張り始める。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには「なぜ自分は、あそこで深く傷ついたか?」と自己分析することが一歩である。

※参考文献:イライラのおさめ方 加藤諦三著

 

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