安全基地となるためには、相手が求めていることを汲み取って、そこをはずさないように応えなければならない。

だが、現実には、相手の意図や気持ちを読み取り損なうということが、しばしば起きる。

相手の反応に無関心で、注意を払っていなかったり、自分の考えや気持ちしか見えていなかったりすると、当然相手の求めていることと、こちらの反応がズレを起こしてしまう。

せっかく応答しても、ズレた反応をすると、逆効果になってしまう。

たとえば、同情や慰めを期待して、自分の失敗を打ち明けたのに、「お前、バカか。そんなことをしたら、ダメに決まっているだろう」と、貶める言葉しか返ってこなかったり、「こうしておけば良かったんだよ。今からでも遅くない。そうしなさい」

などと助言や命令をされたら、大抵の人は、打ち明けたことを後悔するだろう。

「もういい」と怒って出て行き、自分の部屋に閉じこもってしまうかもしれない。

ところが、そんな反応を見て、「何、あの態度。せっかく教えてあげたのに」と、相手をなじるばかりで、自分の非には気づかないことも多い。

自分の反応が、応答性の原則から外れてしまったことが自覚できないのである。

この点には、その人がもつ感受性の質がかかわってくる。

安全基地になれない人は、概して鈍感なのである。

ただ、鈍感なのは、相手の気持ちに対してであり、自分の気持ちに関しては、過剰なほどに敏感なことも少なくない。

つまり、鈍感というよりも、自分のことで手いっぱいになり、相手のことにまで気が回らないといった方がいいかもしれない。

感情的になりやすい人も、自分のことに熱中すると他のことに上の空になってしまう人も、気が滅入って周りに関心が持てない人も、いずれも安全基地としての機能が低下してしまう。

安全基地になろうと思えば、相手の言葉だけでなく、仕草や表情といった非言語的な反応にも神経を凝らし、相手が何を感じているか、何を求めているかを、必死に汲み取らねばならない。

カウンセリングの達人といえる人は、非言語的な反応を読み取る力が並外れて高い。

相手の気持ちを正確に汲み取り、相手が求めている反応を的確に返すことができる。

そうした高い感受性と応答性によって、本人の気持ちにぴったり寄り添うことができるのだ。

しかし、達人の域に達したカウンセラーでさえ、愛着障害のクライエントの面接の場合には、一セッションを終えただけで、ぐったり疲れることもあるという。

相手のかすかな反応さえも見逃さないように全神経を凝らし、一つ一つの言葉にも、気を抜けないためだ。

まさに真剣勝負なのである。

高い感受性を備えている人でさえ、相手の気持ちを正確に汲み取り、適確な反応をしようとすれば、それくらいの集中とエネルギーを必要とするのだ。

相手の顔も満足に見ずに、上の空で、できるようなことではないのである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著