回避型愛着スタイルの人にとっては、出世や成功のチャンスさえも、責任や負担が増える気の重いことと感じられる。

褒められたり期待をかけられることがプレッシャーとなり、みんなが自分の無能さに気づいて失望する前に、逃げ出したいと思ってしまうのである。

前記参照

自殺に失敗したエリックは、その後、放浪しながら農園の季節労働者や砂金採取の仕事をして糊口をしのいだ。

ただ、その間も、エリックは独学で勉強を続けていた。

その当時、彼の興味を惹きつけていたのは植物学だった。

彼は一冊の植物学の教科書を繰り返し読んだ。

そんな彼に思いがけないチャンスが訪れる。

冬場になって、カリフォルニア大学のバークレー校で、給仕のアルバイトをしていたとき、一人の教授と知り合ったのだ。

教授はドイツ語の文献が読みこなせなくて困っていた。

家政婦のマーサから習ったおかげで、ドイツ語を読むことができたエリックは、教授に翻訳係として使ってもらうことになる。

奇しくも、一帯の農園では、レモンが白化する病気が流行り、教授はその原因を突き止めようと躍起になっていた。

エリックは、その解決法を思いつき、教授に提案、実際、その方法は成功する。

教授は、エリックに研究所のポストを用意しようとしたが、エリックは、それを固辞し、再び放浪の旅に戻ってしまう。

その後もエリックは、目の前にある大きなチャンスを掴もうとせず、自分から身を引いてしまうということを繰り返した。

ある日エリックは、二人連れの女性がバークレーの駅に降り立つのを目にした。

彼女たちに話しかけたいという衝動に駆られたエリックは、足早に近づいて声をかけ、荷物を運ぶのを手伝った。

二人のうち、背が高く美しい方の女性はヘレンといった。

大学院で学ぶためにバークレーにやってきたのだった。

ヘレンはエリックに興味を示す。

彼の数奇な人生と風変わりな生き方に惹かれたのである。

やがて二人は親密な関係になる。

自然や生命を大切にするという点でも、二人は価値観を共有し、深く理解し合ったのだ。

ヘレンは、エリックが独学で身につけた数学や物理の知識や才能に驚いた。

そこで、「いっしょにバークレーの大学院で学ぶべきだ」と提案する。

また、その数奇な人生を本に書くべきだとも勧めた。

ヘレンは、エリックの才能と独創性を信じていたのだ。

だが、エリックはヘレンの期待をしだいに重荷に感じるようになる。

そして、ある日、エリックは何も告げないまま、バークレーから姿をくらましてしまう。

この別離について、エリックは自伝の中で、「決して完全に立ち直ることはなかった」と打ち明けている。

ヘレンのことを嫌いになったわけでも、愛していないわけでもなかった。

それどころか、ヘレンを愛し、求め続けていたことは明らかだ。

だが、エリックは、彼女と別れること以上に、彼女を失望させ、彼女に嫌われ、見捨てられることがつらかったのだ。

エリックは自分に才能があるとは、到底信じられなかった。

だから、彼は自分が「偽者」だと見抜かれるのを恐れた。

自分が買いかぶられていると思い、化けの皮がはがれてしまうのではないかという不安におびえながら、ヘレンのもとに留まることはできなかったのだ。

こうした心理もまた、回避型愛着スタイルの人たちに認められるものである。

否定されるのは不快だが、人に褒められたり期待されることもまた居心地が悪い。

自分がその期待に応えられなかったらどうしよう、相手を落胆させてしまったらどうしようと考えると、落ち着かない気持ちになるのだ。

相手が明らかに好意を寄せて、自分に接近して来ているときでも、相手の好意や評価に、到底自分はふさわしくない、相手は何か勘違いをしているに違いないと思ってしまう。

その根底には、自分のような無価値で、誰からも愛されるに値しない人間が、認められたり求められたりするはずがないという思い込みがある。

また本気にして、後でそれが間違いとわかれば、赤恥をかくことになりかねない。

そうならないうちに、身を引いた方が無難だということになる。

このように、自分の能力を活かすということにおいても、他人から愛されるということにおいても、自分のことを過小評価して、目の前のチャンスを棒に振ってしまうのである。

エリックが、自分を少しずつ肯定できるようになり、著述という形で自分の主張を表明できるようになったのは、四十代も後半のことである。

そう変わった理由の一つには、冲仲仕として仕事をするようになったことで、定住し生活基盤が安定したことがあった。

労働者として自己有用感を味わう中で、これまでの読書や思索の成果を、少しずつまとめる作業にとりかかっていったのである。

そして、雑誌に投稿した作品に、一人の編集者が特異な才能の輝きを見出し、三年をかけて彼を世に送り出すこととなる。

老境に達してからは、一人の女性と愛し合うこともできた。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著