ノイローゼの親の元に生まれる重大さ

”多くの人はノイローゼの親の元に生まれる”

人が、アルコール依存症の親の元に生まれるか、前向きの親の元に生まれるか、ノイローゼの冷たい親の元に生まれるか、明るく思いやりのある親の元に生まれるかは、どうしようもない。

多くの人は、ノイローゼの親の元に生まれるということの重大さに気が付いていない。

ことの大きさに気が付いていないから、充分な決意無しに人生を生き始めてしまっている。

ベラン・ウルフは「幸せも不幸も複利で増えていく」と言っている。

不幸が複利で増えていくということは恐ろしいことである。

たとえば、初めての環境である親との出会いの不幸が複利で増えていくと、生涯の最後にはどのくらい不幸になっているだろうか。

逆に、初め幸せな人は、その幸せが複利で増えていくと、生涯の最後にはどのくらい幸福になっているだろうか?

したがって、ノイローゼの親の元に生まれるという不運は、とてつもないことなのである。

多くの人々は、嫉妬深い家族というのがとてつもない宿命なのだということが理解できていない。

人生を、不幸というラインからスタートする人は、まずその「事の重大さ」を受け容れることである。

そういう運命のもとに生まれた人は、並大抵の決断では人生をまともに生き抜けない。

多くの人は、その決意が甘いから、次から次へと起こってくる人生のトラブルの処理が甘いのである。

次々と予測が食い違ってくる。

それはすべて、不幸な環境から出発するということの大きさを分かっていなかったからである。

事の大きさに気が付いていないと、人生観が甘くなる。

努力すれば何とかなるとか、頑張れば人生は開けるとか、甘えた人生観になる。

不幸な環境から出発しなければならない人は、この甘えた人生観では生きていられない。

すぐにつまずく。

真面目な人で、不幸な環境から出発した人は、生きることの辛さに悲鳴を上げることだろう。

そして、神の前に跪いて「もう勘弁してください」と何度祈るかわからないだろう。

でも、神は勘弁してくれない。もっとひどい困難を次々に突き付けてくる。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには、不幸というラインからスタートする人はまずその「事の重大さ」を受け容れることである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著

 

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