不安型愛着スタイルの人の愛情

不安型愛着スタイルの人は、自分の感情に囚われやすい。

だから事実を客観的にみて、相手が必要とする助けを与えるよりも、不必要に大騒ぎをしたり、的外れなことをしがちである。

不安型愛着スタイルの人は、他人の痛みや苦しみを目撃した際、安定型の人よりも強いストレスを感じることが、実験的にも裏付けられている。

だから、たとえば、目の前に傷ついて血を流している人がいたとしても、あたかも自分が血を流しているように感じてしまうので、その痛みや苦しさにわれを忘れ、適切な処置を施すことができない。

苦しんでいるわが子や傷ついているパートナーを前にした場合にも、同じようなことが起きる。

そのため、不安型愛着スタイルのパートナーや親は、相方や子どもが抱える問題を解決する上で、有効な助けになりにくい。

感情的な指示を場当たり的に発したり、余計な口出しをすることで、掻きまわしてしまうのだ。

また不安型愛着スタイルの人は、相手の求めているものが明確でないと、相手をうまく助けることができないという傾向もみられる。

相手からはっきり言われて初めて、それと気づくのである。

このように、相手の必要とすること、求めていることを掴むのがあまり上手でないという点では、回避型愛着スタイルの人に似ている。

違いは、回避型愛着スタイルの人が、相手の気持ちに無関心である一方、不安型愛着スタイルの人は、自分の気持ちや感情の方に気をとられて、相手のことを冷静に見られなくなっているという点である。

不安型愛着スタイルの人は、人と親密な関わりをもちたい、喜ばれたい、感謝されたいという欲求が強い。

だから、とても熱心に世話をしようとする。

実際、よき母親(父親)、よき妻(夫)として、その役割に精魂を傾けていると、自他ともに認めているという場合が多い。

ところが、安定型の人と比べると、その役割は必ずしも本来の機能を果たしていない。

不安型愛着スタイルの人の世話は、「相手ありき」ではなく、まず「自分ありき」になってしまいがちなのである。

本来、子どもの世話をすることは、子どもを支え、その自立を助けるものである。

この場合、いたずらに助けを与えればいいというわけではなく、子どもの気持ちや感情に応じて、ときに温かく見守るだけのことも必要である。

だが、不安型愛着スタイルの人は、とにかく子どもの世話を焼くこと自体が目的になってしまいがちだ。

つまり、過保護過干渉が起きやすいのである。

その結果、怒りや反発を招き、うっとうしがられることになる。

子どもをペットのように縛り付け、子どもが積極的に外界を探索しようとするのを妨害してしまうこともある。

子どもが自立のために必要な社会的スキルを身につけたり、恋愛を経験するといったことにも否定的な見方をしやすい。

親の方が見捨てられると思ってしまうのだ。

不安型愛着スタイルの親に育てられた子どもの一部は、成長するにつれて、そのことを感じとるようになる。

そして、親を重荷に感じ、その頸木を脱したいと思い始める。

実際に反旗を翻し、それに成功した人は幸いである。

罪悪感を抱きながらも、自分の道を歩むことができるだろう。

しかし、親の呪縛から逃れられないままに、その支配に甘んじ続ける人は、やがて心の中にやり場のない怒りを宿すようになる。

それは、自分が母親の人形にされてしまったという怒りである。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著

 

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