愛着は、生物学的な仕組みでもある。

頭でいかに問題を理解しても、それだけでは改善につながりにくい。

それよりも、生き物として、哺乳類としての生物学的な体験が重要なのである。

特に回避型の愛着スタイルの改善には、働きの低下した愛着システムを活性化する必要がある。

それには、安全基地となる存在に受け止められ、安心して自分の思いを語れるようになることも重要だが、同時に、その人自身が誰かを支えたり世話をしたりする体験も重要である。

なぜなら愛着とは、相互的な仕組みであり、世話を受けることによっても、世話をすることによっても、活性化されるからである。

重度の愛着障害を抱え、心を失くしたような状態に陥っていた若者が、生き物の世話をすることで、初めて涙を流し、心を取り戻し始めたというケースに出会ったことがある。

うつになり絶望的な気持ちに陥っていた人が、迷いネコの世話をするうちに元気を回復したというケースもある。

動物とのふれあいは、愛着を活性化させ、生きる歓びを取り戻す力をもつのである。

セラピー犬と触れ合うこともいいが、寄る辺ない小さな生き物の命に対して責任をもち、必死に世話をする体験が、同じ生き物の体に備わっている愛着という本能的な仕組みを活性化させるのだと思う。

それが自分の子どもとなると、あまりの責任の重さに後ずさりしそうになるかもしれないが、相当に回避的な人でも、わが子をその腕に抱き、世話をするようになると、そこから愛着が生まれ、この小さな存在のために、どんな困難にでも耐えようという気持ちが湧いてくるものだ。

ただ親になるだけでは不十分だ。

子どもに触れ、自ら世話をすることが重要である。

そうすることによって、本当の愛着が生まれ、愛着システムが活性化される。

それは、単に子どもとの絆が強まるというだけではない。

不安が抑えられ、前向きな活力やストレスに対する抵抗力が高まり、人に対する思いやりや社会に向かおうとする力までも強まるのである。

父親であれば、父性の源であるアルギニン・バソプレシンというホルモンが活性化されることで、敵から妻子を守ろうとする闘争的な本能にスイッチが入る。

子育て中の親は、別人のように強くなる仕組みが備わっているのである。

そのためにも、わが子に触れ、世話をすることが必要だ。

寝顔を見るだけでは、いつのまにか片思いの関係になってしまう。

世話をする効果は、動物やわが子を相手にする場合だけではない。

誰かを大切にし、守ろうとするとき、愛着システムが活性化される。

そうした関わりを仕事や学校生活の中に見つけてもいいし、ボランティアなど課外活動に見出してもいいだろう。

ハンディのある人やお年寄りを支えることもまた、愛着システムを活性化するのである。

ただ、回避型愛着スタイルの人は、基本的に世話や人との関わりが苦手で、苦痛を感じやすいという現実も頭に入れておく必要がある。

許容範囲を超えた負担がかかっては、愛着システムが活性化されるどころか、強い回避反応が誘発されてしまうことになる。

その場合、犬を飼ったものの、面倒を見きれずに捨ててしまうようなことも起きるだろう。

そうしたことが、わが子に対して起きる悲劇も少なくない。

関わり始めた以上は、それなりの覚悟が求められるのである。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著