人付き合いの苦手意識が強い人は、なぜ、人の中にいることを恐れてしまうのでしょうか。

そのような性格は、遺伝によるものなのでしょうか、それとも環境のためなのでしょうか。

遺伝によるものだとしたら、治らないのでしょうか。

人付き合いの苦手意識を乗り越えるには、どうすればよいのでしょうか?

人付き合いの苦手意識が強い人の根底には無価値感がある

自我が傷つくのが怖い

交通事故や地震、強盗、通り魔、痴漢、レイプ。

これらは実際に身体的危険があるので、不安を感じて当然といえます。

しかし、人と雑談することや人前でスピーチすることには、なんら実害がありません。

それなのに不安を感じてしまうのは、まったく自分の心の中だけの問題なのです。

自分で勝手に想像した危険を恐れているのです。

では、その恐れている主観的な危険の中身とはなんでしょうか。

それは、一言で表現すれば自我が傷つくことです。

「見られる苦痛」とか「対処できない苦手意識」、あるいは「自分がしられてしまうことを恐れること」などは、何か恥ずかしいことが起きて、自我が傷つくのではないかと恐れているのです。

能力が評価される場面で苦手意識を感じるのは、自分の能力が低いことが暴露されることで、自我が傷つくことを恐れているのです。

「他者から嫌われること」を恐れるのは、この世界で自分を守ってくれる人がいなくなってしまうことを恐れているという面もあります。

しかし、それ以上に、人から嫌われたり、人から好かれないことは、自分には他者から好かれるだけの魅力や価値がないという証明であり、そのために自我が傷ついてしまうということを恐れているのです。

自我が傷つくことを恐れる根底には、自己価値感の低さがある

それでもなお、人付き合いの苦手意識の強い人が、そうでない人に比べて自我が傷つくことをひどく恐れるのはなぜか、という疑問が残ります。

自我が傷つくことを恐れる根底には、いったい何があるのでしょうか?

それを突き詰めていくと、自己価値感の低さに突き当ります。

心が傷つくということの本質は、自分に価値があるという確信が脅かされてしまうことです。

人付き合いの苦手意識が強い人は自己価値感が希薄なために、容易に自分に価値があるという確信が揺らいでしまうのです。

人は誰でも自分に価値があるという実感を得たいし、自分の価値を高めたいという欲求を持っています。

このために、人を愛し、愛されることを求め、また、努力をするのです。

私たちの自我は、自己価値感の追求を中核に作りあげられていくものなのです。

無条件の愛に包まれて育った人は、幼い頃からあるがままで歓迎され、尊重されてきたので、確固とした自己価値感を核にした自我を形成しています。

これに対して、条件つきの愛や愛情の欠如の中で育った人は、自分の存在自体に価値を確信できません。

そのため、何か優れたことを成し遂げることで周囲の注目を賞賛と愛を得て、それにより自己価値感を維持し、高めようとします。

ですから、自分が劣っていることが明らかになったり、失敗したり、嫌われたりすると、自己価値感そのものが大きく揺るがされてしまうのです。

このことからわかるように、人付き合いの苦手意識を根本的に乗り越える道は、しっかりとした自己価値の感覚を獲得することです。

すなわち、自分という存在そのものを信頼できるようになることです。

自己価値感を得るためには、人の思惑や期待を生きるのではなく、自己実現を追求することが必要です。

人付き合いの苦手意識が強い人の特徴

自分を他者と比較する

人付き合いの苦手意識の強い人の心の底には揺らぎやすい自己価値感がありますが、さらに以下のような特徴が見られます。

人付き合いの苦手意識の強い人は、主体としての自分でなく、客体としての自分にこだわっています。

すなわち、自分をいつでも他者の目で見ています。

たとえば、本来為すべき課題に注意が集中するのではなく、「自分がどう見えるか」に注意が向いてしまいます。

スピーチが苦手な人でいえば、「何を伝えるべきか」ということがスピーチする場合の最大の課題です。

それなのに、「うまくできるだろうか」とか、「失敗して恥をかくのではないだろうか」などということに目を向けてしまっているのです。

人付き合いの苦手意識が強い人は、また、自分を他者と比較する傾向があります。

何か行動すると、他の人と比べて劣った点がなかったかどうかが気になります。

劣ることは自己価値感を脅かされることであり、人より優れることで自己価値感が満たされるからです。

比較の対象となりやすいのは、同性で同年齢の他者なので、こうした相手に圧迫感を感じます。

とりわけ、なんらかの点で自分より明らかに優れている相手は、大きなストレスになります。

このために、人付き合いの苦手意識が強い人は、年が離れている相手や異性の中にいることを好む傾向があります。

自意識過剰になりがち

人付き合いの苦手意識の強い人は、他の人の目から見た自分を気にしているので、自意識過剰になります。

自意識過剰が、人付き合いの苦手意識をいっそう高めてしまいます。

たとえば、話をするときなど、緊張していることが他の人にわかってしまうのではないかと恐れ、自分に注意を向けます。

そうすると、ちょっとした身体変調をも感じ取ってしまい、それでいっそう緊張が高まってしまうのです。

そうした体験を繰り返すことで、話をすることへの恐怖感が強くなっています。

さらに、人付き合いの苦手意識が強い人の自意識過剰は、自己無価値感に由来するものなので、物事を自分には価値がないという感覚に沿って受け止めます。

このために、外界がより脅威的なものに感じられるのです。

たとえば、話をしているとき相手が視線をはずすと、自分の話が面白くないからだと受け止めます。

自分がイスに座ったとき、隣の人が席をずらすと、自分の隣が嫌なのだと受け止めてしまいます。

これが極端になると、体臭恐怖や醜形恐怖になります。

他の人が顔をしかめるとか、咳払いをすると、自分が発する体臭が嫌なのだという意志表示だと受け取ってしまいます。

自分に向けられた好意の微笑みでさえ、嘲笑として受け止めてしまいます。

人付き合いが苦手になる素質

おとなしい子は人付き合いの苦手意識が強くなりやすい?

人付き合いの苦手意識の強い人には、相応の遺伝的要素があると考えられています。

それは、一つには、生まれつき敏感な神経系を持つ赤ちゃんがいることです。

たとえば、アメリカの発達心理学者のトーマスを中心とする研究グループは、乳幼児においてすでに次のような気質の違いが見られることを報告しています。

・扱いやすい気質・・・だいたい機嫌がよく、反応が穏やかで環境の変化に慣れやすい。乳児の40%がこれに該当します。

・むずかしい気質・・・反応が強く、生理的リズムが不規則。10%がこれに該当します。

・おとなしい気質・・・活動性が低く、環境の変化に慣れにくい子。15%が該当します。

こうした生得的な特性の上に、それぞれの性格が築かれていきます。

このために、むずかしい気質の子や、おとなしい子は、人付き合いの苦手意識が強くなりやすいことが推測されます。

性格形成は環境によるという考え方が優勢であった時代に、著名な発達心理学者のケイガンは、たとえば、生後四ヵ月の調査のときに見知らぬ場所や見知らぬ物を怖がった赤ん坊は、一歳でも、二歳でも同じように怖がりであるということから、内気な性格は基本的には遺伝によるものと結論しています。

その後、一卵性双生児を対象にした研究などで、社交恐怖の発症への遺伝的要因の寄与は30%から40%と結論されています。

人付き合いの苦手意識が強く感じてしまう人に関わると思われる遺伝子も特定されています。

また、脳のどの部位が活性化しているかを調べるfMRIによる研究では、社交恐怖の人は扁桃体が刺激されやすいことが明らかになっています。

扁桃体とは原初的な感情、とりわけ恐怖などに関わる感情を司る脳の部位です。

生まれつき過敏な子どもは成長するとどうなるか

生得的な過敏性について研究し、ハイリ―・センシティブ・パーソン(HSP)という言葉の生みの親であるアーロンによれば、こうした特質を持って生まれる赤ん坊は全体の15~20%存在するといいます。

これら過敏な赤ん坊は、ちょっとした味の違いや室温の変化などでぐずりだし、大きな音やまぶしい光にびっくりして泣き出します。

チクチクする服の感触を嫌がります。

少し大きくなると、心の面でも傷つきやすく、心配性であったり、臆病であったりします。

それだけに、子育てには特別に注意深い配慮と手立てが必要だといいます。

こうした過敏性を持って生まれた子は、大きくなっても以下のような特質を持っています。

物事を深く考えたり、徹底的に処理する

公平や平等など抽象的なことに関しても過敏で、年齢の割に鋭い質問をするとか、大人びたことを言います。

あるいは、いろいろと考えるので行動を起こすのに時間がかかるとか、なかなか決断できなかったりします。

過去のことをいつまでも引きずるようなこともあります。

刺激を過剰に感受する

このために、精神的負荷が大きくなり心身ともに疲れやすくなります。

旅行やイベントなど、本来楽しいはずの体験もストレスになってしまいます。

集団に参加するとか、人前で発表するなど、刺激の多い場面では尻込みしがちで実力を発揮できず、たとえ発揮できてもひどく疲れてしまいます。

感情反応が強く、共感力が高い

物事を深く感じ取るので、人の気持ちを読み取る力や、共感する能力が高い。

また、強い感情が喚起され、心が動揺しがちです。

ささいな刺激を察知する

これは感覚器の敏感さというよりも、思考や感情のレベルが高いことに起因します。

例えば、会話のちょっとしたニュアンスや声のトーン、目の動きなどに敏感に意味を感じ取ります。

この能力は有利に機能することもありますが、刺激の過剰負荷をもたらしたり、相手の心を読みすぎ、配慮しすぎるなど、不利に働くことが少なくありません。

こうした繊細さのために、集団活動が苦手で、友達との関係にも困難を抱えがちです。

人付き合いの苦手意識に苦しんでいる人には、これらの特徴はまさに自分のことだ、と思い当たるのではないでしょうか。

育て方によって、内気な子も内気でなくなる

このように人付き合いに苦手意識を強く感じる人が遺伝的基礎を持つことが明らかにされていますが、養育の影響も無視できません。

たとえば、ケイガンは、幼児期に調査した子どもたちをその後も追跡調査しています。

それによると、生後21カ月で内気だった幼児のうち、4年後にはその三分の一は内気ではなくなっていました。

その内気でなくなった子どもを調べてみると、とくに母親の接し方が関係していることがわかりました。

これらの母親は、少しずつ外界に慣れるように子どもを導いていたのです。

親は内気な子どもを保護しがちですが、それだけではいけないので、母親は子どもの安全基地になるとともに、母港ともなって、子どもを外界へと導いてあげることが必要なのです。

さらに、こうした子どもたちが20代になってからの調査では、内気なままにとどまっていたのは三分の一ほどでした。

つまり、内気な幼児のうちの三分の二は、内気な青年ではありませんでした。

ところが、彼らの脳をfMRIで調べたところ、扁桃体が過敏に反応する傾向は残っていました。

このことから、彼らは生理的には内気な性質のままなのですが、脳の対処法が変わることで内気さを克服したのだと考えられています。

環境が人付き合いの苦手意識の形成に及ぼす影響

親の養育のみでなく、私たちが育つ環境が、人付き合いの苦手意識の形成に影響を与えています。

たとえば、兄弟の少なさや、子ども同士の交流の希薄さなどによって、交わり体験が乏しくなっています。

そのために、感情をぶつけ合いながら交流することで育つ社会的能力や、傷つきに対する免疫力が弱くなっているのです。

幼いときから競争的環境に置かれることも影響しています。

競争により周囲の人は心通わす友ではなく、競り合う相手となってしまいます。

そのために、つねに優劣を意識させられ、自我を脅かす存在となっているのです。

さらに、日本独特の文化的風土の影響があります。

その一つは、完璧主義的傾向です。

日本に来た外国人は、電車が一分の遅れもなく運行されることに驚きます。

英語の授業でも、「とにかく通じる」ことを重視するのではなく、「文法的に正しい」英語が求められます。

『間違いだらけの〇〇〇』といった類の図書が、無数に出版されています。

こうした文化的風土が、間違うことを過度に恥じるという人付き合いの苦手意識につながっていきます。

そのうえ、現在の社会状況が社交不安を強める作用をしています。

グローバル化の中で、生き残りのために企業は若手を育てる余裕がなく、彼らは性急に一人前の仕事が求められます。

ベテラン社員もまた、失敗が許されない切迫感のもとで仕事をしています。

苦手意識を感じたとき心身に起こる反応

人付き合いの苦手意識を強く感じたときの心理状態

人付き合いの苦手意識を強く感じたときには、心と身体と行動に独特な状態が生じます。

心理的側面でいえば、思考が柔軟性を欠くようになります。

視野が狭くなり、思考は堂々巡りをして、創造性が失われます。

考え方は否定的になり、弱気になります。

このために、事態はいっそう脅威的に感じられ、無力感や、うつ的感情や焦燥感、消耗感、無価値感など不快な感情が心全体に広がります。

場合によっては、怒りや憎しみなどの攻撃的感情が優勢になることもあります。

これら不快な感情から逃れようとして、意識的、無意識的にいろいろな心理的防衛作用が働きます。

たとえば、不安な事態を考えないようにするとか、忘れようとするなど心理的回避が生じます。

また、合理化するなど、事態を歪曲することもあります。

本当は自分に責任があるのに「他の人も連帯責任だから」と考えるとか、「くだらない会だから出席する価値がない」といった口実をつけるなどです。

人付き合いの苦手意識に襲われたときに出やすい身体の症状

人付き合いの苦手意識を感じたときは、身体的変調も生じます。

緊張して、手が震え、声が震え、膝がガクガク、心臓がバクバク。

腰のあたりがズキンと痛む人もいます。

呼吸が速く、浅くなり、身体がほてったり、悪寒がしたりします。

顔が赤くなる人もいます。

視野がかすむ、めまいがする、耳が遠くなる、頭が圧迫される感じになります。

口の中はカラカラになり、吐き気がしたり、胃がきりきりと痛みます。

おしっこやうんちをしたくなることもあります。

食欲不振になったり、過食になることもあります。

こうした身体の変調は、交感神経系の興奮を中心とするものであり、基本的には「逃走か闘争か」という危急事態における動物的反応の名残と考えられます。

「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」という感情のジェームス・ランゲ説がありますが、たしかにこうした身体的変調を感じ取ると、人付き合いの苦手意識がいっそう強まることは事実です。

人付き合いが苦手な時にとりがちな「回避行動」とは

人付き合いの苦手意識が強いと、行動もまた通常とは違って、非合理的、非効率的、さらには混乱状態になります。

たとえば、無意味に動き回る、元気がなくなり停滞する、乱暴になる、つっけんどんになる、仕事の能率や質が低下する、注意力が落ちて間違いや事故を起こしやすくなるなどです。

社交不安時の行動については、とりわけ回避行動を理解する必要があります。

回避行動とは、不安場面を意識的、無意識的に避けようとする行動です。

明確で意識的な回避行動の例としては、たとえば以下のようなことがあげられます。

会に欠席する。

発言しない。

推薦されても辞退する。

注目されないよう注意して行動する。

電車やバスで知り合いと一緒にならないように時間をずらす。

本人は明確に意識していなくても、日常生活の中でじつに多様な手管を使っているものです。

そして、それらを回避行動と思っていないことも少なくありません。

たとえば、ある人は、会議には定刻きっちりか、少しだけ遅れて出席します。

そうすれば、雑談しなくても済むためです。

ある人は、パーティのときに、料理を作るのを手伝うとか、飲み物を運ぶ、掃除するなど、もっぱら陰の働き役をします。

それによって、会話する負担から逃れられるし、自分の存在価値も実感できるからです。

ある人は、電車を待つとき、一番前には並びません。

一番最初に電車に乗ると、すでに乗っている人の視線を浴びることになるからです。

少なくない人が、講義や講演会などで、できるだけ後ろのほうの端っこの席に座ります。

前のほうの正面の席に座ると、講演者と視線が合ってプレッシャーを感じるからです。

こうした回避行動は、成長という観点から見ると有害なことが多いのです。

なぜなら、事態に慣れる機会が奪われてしまい、事態に適切に対処する能力を育てる機会が制限されてしまうからです。

また、回避行動はうまくいけばいくほど、事態に立ち向かうのではなく、回避しようとする心理傾向が強化されてしまうからです。

人付き合いの苦手意識を乗り切るには

人付き合いの苦手意識を克服するための対処法

以上のことから、人付き合いの苦手意識を克服するためには、心と、身体と、行動とに総合的に対処する必要があることがわかります。

1.心理的対処

まず、心の持ち方については、認知の歪みを正すことです。

認知の歪みの詳細はこちらを参照

たとえば、物事を否定的に見たり、過度に脅威的に見たりしてしまう傾向を正すことです。

また、否定的感情によって大きく混乱しないで済むような技能を高めることです。

こうしたことを通して、やがて、他の人の目でなく、自分の目で物事を見るようになることです。

自分の内的基準に従って物事を判断し、「人は人、自分は自分」に徹しようとする姿勢を作ることです。

2.身体的対処

身体的変調への対処法としては、身体的変調の程度を低めることが主眼になります。

そのためのいろいろな技法が、リラクゼーション法として発展してきました。

これらのうちのいくつかの技法を身につけて下さい。

それは、人付き合いが苦手な人への対処だけでなく、より快適な心身の状態を作り出すのにも役立ちます。

3.行動的対処

行動への対処法としては、まず、自分がとりがちな回避行動を意識することです。

人付き合いが苦手な人は、いろいろと巧みな回避行動をとっています。

回避行動はそのときには役立っても、長期的に見ると社会的能力の発達を妨害することは先に指摘しました。

それだけでなく、いっとき成功したように感じても、実際には逆効果になっていることが少なくないのです。

たとえば、つらい場面をとにかく早く終わらせたいために、「後で私がやっておきますから」などと、その場しのぎの行動をしてしまいがちです。

あるいは、知らないことなのに「知らない」と言えないで、知っているかのようにして、その場を済ませてしまいます。

そして、これにより、重い気持ちを引きずることになってしまうのです。

行動を変容する心理学的技法は、行動療法として発達してきました。

これらの技法を適用することで、回避行動の修正を図りましょう。

適度な苦手意識は社会に適応するために必要なもの

ところで苦手意識は不快な体験なので、それから完全に解放されたいと考えがちです。

しかし、適度な苦手意識は目標に向けての適切な行動へのエネルギーを生み出すものであり、必要なものです。

まったく苦手意識を感じないとしたら、脅威的な事態に対して前もって準備することなく立ち向かわざるを得ません。

たとえば、入学試験にまったく苦手意識を感じないとしたら、受験準備をすることなく入学試験を受けることになります。

その結果は目に見えています。

受験生は、「落ちるかも知れない」とある程度の苦手意識を感じるので、何カ月も前から準備をするのです。

しかし、反対に、苦手意識が強すぎる場合には、落ち着いて勉強することができません。

その結果、焦りを感じているのですが、受験準備はちっとも進まないということになります。

このように、苦手意識とは本来、必要な行動を導くものなのであり、適度な苦手意識は歓迎すべきものなのです。

私たちの不安が、行動と生活と社会を支えている面が少なくないのです。

たとえば、先を見通して仕事をすること、健康に留意する行為、いざというときに備えて貯蓄する行動、学校という組織等々、いずれも苦手意識によって組織化されているものです。

したがって、人付き合いの苦手意識を克服するということは、不安を感じなくなることを目指すものではありません。

目指すべきは、効率的な行動を導く不安の範囲を広げることです。

苦手意識を抱えつつも、それに混乱させられず、むしろ前進するための動力に変えて、生活を楽しみながら展開していけるようにすることなのです。

※参考文献:「人前に出るのが怖い」を治す本 根本橘夫著