社会の荒波とか、人生の荒波などと、この世は波にたとえられる。

波のまにまに揺られて生きるのではなく、主体的にいきていくためには、人生設計という海図が必要である。

人生設計は、不安を希望に変え、潜在能力を引き出し、自己実現をもたらしてくれる魔法の杖でもある。

人生設計に沿って自己実現していくことで、確固とした自己価値感が形成される。

希望と充実の日々は作れる

人生設計において目標を見定め、その実現を目指す生き方をしていると、生活が希望と充実の日々になる。

  1. 人生とという大海を航海する海図が与えられることで、浮草的な不安定感や将来の不安などの根底的なストレスから解放される。
  2. すぐには達成できないことでも、時間をかければ達成できるという見通しが得られるので、将来が希望に変わる。
  3. 努力すべき事項と、流せばよい事項とが明確になるので、時間とエネルギーの有効な配分ができ、効率的に仕事ができる。
  4. 自分が成長しつつあるという実感や、目標へと近づきつつあるという自己実現の喜びが体験できる。
  5. 自分で自分の人生を作っているという実感が得られ、自分を大事に生きていると満足できる。

人生設計はできれば若いうちから持っておきたい。

若い時分であればそれだけで自由であり、選択肢も豊富である。

若い時分から努力すれば、成長の可能性も大きいし、力量が向上するのも早い。

しかし、人生90年時代、いくつから始めても遅すぎるということはない。

人生設計は勇気になる

反応の人生か、自己実現の人生か

実に多くの人々の人生がある。

それらの人生は、反応の人生と自己実現の人生とに大別されるように思われる。

反応の人生とは、周囲に生じる出来事に対処することで過ぎていく人生のことである。

多くの人がこれに該当するが、その中には才能がありながら、目的意識的にそれを一定の方向に向けていくことをせず、才能を発揮することなく終わってしまう人が少なくない。

自己実現の人生とは、自分の夢や願望の実現を目指すことが人生の芯になっている生き方である。

その夢や願望が社会的価値と重なる人もいるし、社会的価値からは一歩退いて内面自己の充実に価値を置く人もいる。

いずれの人生がより立派であるなどとは言えない。

その人の置かれた状況や形成された心理特性により、それぞれの人がそれぞれの人生を送っているにすぎない。

しかし、ただ一つ言えることは、どのような人生でも幸せを求めていることは共通である。

では、幸福な人生とは何だろうか。

このことを考えるとき、いつも遠縁の女性の90年の人生を考えてしまう。

彼女は、小さな田舎町で、役場に勤める幼馴染の男性と結婚し、二男三女を育てた。

長男家族と同居し、子ども達が孫やひ孫を連れて里帰りするのがなによりも楽しみだった。

趣味は草むしりであり、気持ちがむしゃくしゃしても、草むしりをしていればすっきりすると言う。

日常生活は、ちょっとばかりの畑の手入れをし、午後は近所の人たちとお茶飲み話で過ぎていく。

大体がとりとめのない噂話であるが、とりわけ三年ごとに隣近所で一緒に行く旅行の話で盛り上がる。

彼女は夫を見送った数年後に、子、孫、ひ孫、多くの家族と近所の人々に見守られ、この世を去っていった。

最後まで周囲への優しさと感謝を表現し、「幸せ、幸せ」が口癖であった。

特別な望みなど必要とせず、今ある生活に心から満足している。

このような反応の人生で一生を送れたら、それが幸せなのかもしれないとも思う。

しかし、無価値感の修復に関心を持つ方は、おそらくこうした人生では満足できないかもしれない。

幸せな人生を送る条件

現在の若い人が100歳を超えて生きることも決して稀ではないだろう。

この長い将来を見越して、人生をいかに生きていくかをできるだけ早い時期に考えておきたい。

現在や目先の幸福ばかりでなく、将来をいっそう幸福な日々にするためにどうすればよいか、という視点を持ちたい。

自分が真に望むものを明確にして、それを生きていく指針としなければ、反応の人生を選択したことになる。

主体的に自己実現の人生を生きるには、自分なりの人生設計を持つことは必須である。

人生設計を持つことの有益性は、たとえば、次のような調査で示されている。

1953年に、イェール大学(アメリカ)は興味深い調査を実施した。

その年に卒業する全員を対象として、「今、明確な人生設計をもっているか?もしもっているとすれば、それはどのような目標か?」をアンケートしたのだ。

その結果、はっきりした目標を抱いていたのは、わずか3%だった。

そして20年後、調査の続きが行われた。

その結果はこうだった。

「その3%の人たちはほかの卒業生に比べて健康状態もよく(病気にかかる日数が少なかった)、家庭状況もうまくいっているし(離婚率がかなり低かった)、また『幸せで満足している』と言う割合も多かった。」

しかも、「その3%の人たちは、対象者全員の財産のうち約95%をもっていた(逆にいえば、残り97%の人たちは、卒業生全員の財産のわずか5%しかもっていなかったのだ)。」

このように、若いうちに人生設計を描くことは、より健康で、金銭的に豊かで、家庭生活も幸福で、満足した人生を送ることにつながる。

どのような分野でも、立派な業績を上げた人で、なんらの人生設計も持たなかった人などいないのではないだろうか。

人生の目標を持っているか否かで大きく異なる結果になった。

目標を持てなかったKは悲劇的な結末を迎えたのに対し、医者になるという明確な目標を持ち続けた彼女は、自立した安定的な生活に至ることができた。

「人生設計を持って生きられる人は意志の強い人だ」と思うかもしれない。

たしかにそうした人も含まれるだろう。

しかし「意志が弱いからこそ詳細な人生設計が必要なのだ」と感じられる。

怠けやすく、挫けやすいから自分を束縛する基準が必要なのである。

それなしで自分を律することができることができる人こそ、強い人なのだと思う。

余計な欲を切り捨てると気疲れしない

私たちは余計なことに気を遣いすぎている。

とりわけ無価値感が強いと、あれやこれやと気を遣い、それだけで疲れてしまう。

もっとシンプルに、もっと楽に生きていいのだ。

自分が生きるために必須なものとはなにか。

このことを確認するだけで気持ちが楽になる。

これが人生設計のベースになり、努力すべき方向が定まり、些末なことにかかわらなくて済むようになるからである。

1.自分が欲するものを列挙する。

A4の白紙に、自分が欲しいものを思いつくままに書いていく。

「モノ」でも「コト」でも、「うまくなりたい」とか「こうありたいという自分のイメージ」など、なんでもよい。

とにかく思いつくままにどんどん書き出していく。

2.生きるのに必須でないものを削除する。

上記で書き出したもののうち、「なくても生きていけるもの」を二重線で消していく。

おそらく削除されるのは、物質的な欲求や、外面自己に属する欲求が圧倒的多数になる。

このことで、自分がいかに物質的欲求と承認欲求(顕示欲求)とにとらわれているかが実感できる。

3.生きるのに必須のものを確認する。

上記の作業を行うと、生きるために必須なものはごくごく少数になる。

例として、ある30代の男性が行ったときには、健康、収入、愛情、そして自己実現であった。

健康:成人に達するまで三回入院し、半年近くを病院で過ごした。

成人してからも、毎年半月近く寝込むなど病弱だったので、健康を最優先課題とした。

このために、規則正しい生活を心がけることとした。

収入:生活できる収入が得られればよい。

安定した収入が得られれば申し分ない。

これを確認したことで、心がすごく軽くなったし行動の自由が広がった。

たとえば、職場は基本的に「生活のための収入を得る場」という位置づけになり、昇任など望まないし、職場を替えることも容易になった。

さらに、「生活できるだけの収入」があれば、そもそも勤務などしなくてもよい。

このために、給料以外の収入源を長期的計画で準備し、早期退職し、フリーな気分で気ままな生活を楽しむことができた。

愛情:気の許せる友がいて、愛する人がいてくれること。

いくら社会的に成功しても、愛情の面で成功しなければ幸福な人生にはならない。

大学院時代、女性の先輩の就職祝いの会があって、その先輩が「次は結婚を目標にします」と述べた。

このことに、当時すごく違和感を持ったことを覚えている。

結婚など余りに当たり前すぎて、わざわざ目標とするほどのものではない、と思っていたからである。

しかし、30代後半になっても未婚の人が多い現在の状況を見るとき、結婚を目標の一つに設定して、意識的に追求することが必要であると考える。

明確な人生目標として結婚と家庭生活を設定しなければ、ずるずると独身状態を引きずってしまうことになる。

むろん、キャリアを生き甲斐として独身で通す、という明確な意識的選択もあろう。

しかし、結婚したい気持ちがありながら、結婚せずに終わってしまうというのでは、後悔の人生になってしまう。

自己実現:なりたい自分とか、達成したいことなどがこれに当たる。

ある人にとっては職業と重なるかもしれないし、ある人には趣味や特技であるかもしれない。

また、ある人にとっては人生の使命といったものであるかもしれない。

いずれにせよ夢の実現ということである。

夢を持ち、自己成長することは、生きていく上で必須のことである。

一度余計なものを切り捨ててみる。

すると、あれこれとなぜ欲しなければならないのか、余計な望みで苦労する必要などないではないか。

そんな覚悟が定まる。

夢を生活のなかに組み込む

若いときからの夢

若い頃は誰でも夢を抱く。

しかし、そうした夢の多くは実現することはない。

プロのスポーツ選手を夢見てきた人に代表されるように、大多数の人は18歳でその夢を諦める。

さらにがんばって持ち続けても、22歳で諦めざるを得ないことが多い。

中年期までのライフサイクルを研究したレビンソンらによれば、若いときからの夢を何らかの形で生活の中に位置づけていることが、満足できる生活を送ることにつながっているという。

逆に、夢を早々に諦め、手放してしまった人は、中年期を不満感を持って迎えることになる。

夢を放棄するのではなく、現実的な形に変えて生活の中に位置づけることが人生を豊かに過ごす力になる。

夢がサッカー選手であったなら、地域のサッカーチームに参加するとか、子どものサッカーのコーチをするなど。

音楽で食っていくことが夢だった人は、同好の士を募って音楽活動を続けていけば、いろんな発表の機会がある。

小説家になることが夢だったなら、同人誌で一生書き続けることができる。

ある歯医者を職業とした人は、書を楽しみ、和歌を詠み、手先の器用さを生かして工芸も楽しむなど、趣味に生きた人である。

個展をすればびっくりするほどの売り上げがあり、常設の展示室も設けられている。

ある会社勤めを職業とした人は、日曜画家で、大きな作品展にも何回か入賞し、定年後も絵を描いて退屈など無縁であった。

夢の実現にとって、インターネットが大いに可能性を広げてくれる。

インターネットを利用することによって、自宅で資金なしでお店や会社を持つことができるだけでなく、世界中に広報活動ができるし、販売もできる。

実際、自分の作品をインターネットに展示し、販売している人が少なからずいる。

実現のための時間の考え方

夢の実現というとき、時間を考慮することが大事である。

今すぐ実現はできなくとも、3年、5年、10年のタイムスパンで取り組めば、思った以上に能力が向上し、夢に近づけるものである。

夢であるから好きであり、得意なことであるはずである。

好きなこと得意なことに目標を立てて取り組んでいけば、10年もすれば素人離れするほどの腕前になる。

この長い期間、夢を実現する行動を継続していくためには、学習曲線を覚えておくと有益である。

能力は、練習によって直線的に向上するのではなく、階段状に向上する。

最初は練習するとすっとうまくなるが、やがて練習しても練習してもうまくならない時期が来る。

この繰り返しで能力は向上する。

ピアノなどを練習したことのある人は、体験的に納得していただけるはずである。

いくら練習しても向上していると感じられない時期を学習の高原現象という。

この時期は次への向上が準備されているのであり、我慢して練習し続ければ、必ずまたすっと一段の向上が感じられる時期が来る。

ところが、この高原現象のときに、「だめだ。ここが私の限界だ!」と諦めてしまうことが多い。

まさに継続こそ力なりである。

諦めず、楽しみながら継続することである。

具体的的な設定法

夢を人生設計として位置づけるには、具体的な目標として設定しなければならない。

そして、その目標は、自分の努力次第で達成できるものでなければならない。

「30代のうちに課長になりたい」「〇〇賞を受賞したい」「子どもを〇〇大学に入れたい」などの夢を持つ人がいるかもしれない。

しかし、課長への昇任は会社が決めることであり、〇〇賞の受賞者は選考委員が決めることであり、〇〇大学への進学は子ども本人が決めることである。

これらは夢としてもっていればいい。

希望と活力とを与えてくれるだろうから。

生活設計とは、そうした夢を実現するために自分がいかなる力をつけるべきか、いかなる行動をすべきかを明らかにして、その達成を目標とすることである。

たとえば、「営業で一億達成したい」という夢であれば、自分の営業成績を高めるために必要なことは何かを確認し、そのために必要な行動計画を立てることである。

それは、競合他社の商品も含めて、商品についての理解を深めることであるかもしれないし、より説得的な資料の作成かもしれない。

あるいは、プレゼンテーション力を高めることであるかもしれないし、顧客への予備折衝とアフターケアの充実であるかもしれない。

同様に、「30代のうちに課長になりたい」という夢であれば、それに値する能力とは何かを明確にして、その力をつける計画を立てることである。

夢を抱きながら、それを実現する行動をしない人は多い。

夢を現実からの逃避に使っている人もいる。

「願えば夢はかなう」などと言う人もいるが、実現するための行動をとらなければ夢は絶対に実現しない。

全身全霊を注ぎ込めるもの。

全身全霊を注いで、悔いはないもの。

それを夢として人生設計に組み入れること。

まぎれもなく自分が設定したと実感できる目標なら、その実現に邁進することはつらさよりも喜びであり、それに向けて努力している自分を誇りに感じる。

自己価値の喜びを堪能できる。

実際に作ってみる

人生を区切る

人生設計においては、先に検討した事項が柱になる。

ここでの例でいえば、健康、収入(仕事)、愛情(家庭生活)、自己実現(夢の実現)がそれに当たる。

人生設計の中にこれらを位置づけないと、知らず知らずのうちに仕事や夢に偏ってしまい、健康を害するとか、家庭生活にほころびを生じるなどの危険がある。

人生設計では、これらの項目について、15年から20年先くらいまでを見通して、具体的な目標を立て、実行のスケジュールを作ることになる。

長期計画は15年単位で考え、それを5年ごとに区切っている。

就職して最初の15年間は、職場と仕事に慣れ、教育と研究能力を高めることを主な目標とした(自己成長期)。

次の15年間は、自分なりの心理学を構築することと、それを若い人たちに役立ててもらうような方向に力点を移すこととした(自己実現期)。

この時期の中頃になると、いっそうの自己実現のためには、組織に束縛される状態では限界があり、もっぱら内発的な自己欲求で働ける状況に身を置く必要があると考えた。

このために、次の15年間は、独立を目標(独立期)とし、最初の5年間を独立の準備にあてた。

そして、次の5年間の間に職を辞し、独立生活を確立することに力を集中した。

現在はその三番目の5年間に当たる。

次の15年間は奉仕活動を主とした生活をしたい(大我期)と考えている。

このように、15年間の目標を定めると、そのなかの5年ごとの計画が定まる。

これにより、1年ごとの目標が定まる。

毎年、新年には年間計画を設定し、これを手帳なりに蓄積する。

この新年の作業をすると、今年一年が楽しく充実した年になるような気がしてくる。

見直しも必要

設定した目標はできる限り達成するように、粘り強く追求するのが基本である。

しかし、目標を設定しなおす柔軟性も必要である。

最初のうちは気持ちを入れ過ぎてしまい、過度な目標を立てやすい。

そのために、スケジュール通りに実行できず、嫌になって止めてしまう。

そうではなく、目標を下げて、より現実的なレベルに修正するとか、スケジュールに余裕を持たせるように修正する。

とりわけ、長期的な人生設計・目標設定は見直しが必然である。

というのは、それは過去の自分が描いたものなので、現在の自分には合わない部分が生じてくる。

現在の自分は過去の自分より成長し、成熟している。

このために、満足できるものや求めるものが変化している。

だから、不適合な部分が生じるのは当たり前なのである。

たとえば、新入社員は定年までこの会社に勤めることを目指しても、やがて自分をより生かせる会社に転職したいと望むようになる。

中年期を過ぎれば、仕事よりも、内面自己を豊かにすることに惹かれるようになる。

長期的な人生設計を見直すには、現在の生き方を続けていったときに、どの点で後悔するだろうか、後悔しないためには、どのように修正すればよいだろうか、という視点で検討することである。

ある人は、意に添わない仕事を続けているかもしれない。

ある人は健康管理を怠っていることかもしれない。

ある人は、仕事に比重を置きすぎ、家庭生活をないがしろにしているかもしれない。

ある人は、夫婦関係の修復を諦めて、なおざりにしているかもしれない。

こうした問題点に目をつむるのではなく、どのようにして修正するかを考え、実行することである。

また、将来をいっそう満足できる人生にするためには、どのような要素を加えるべきか、という視点での検討も必要である。

生き甲斐、ライフワーク、いっそうの自己実現と呼べるような、自分の人生で追求したいことを必ず加えることである。

それを達成して死んだら大満足、達成できなくても追求して死んだら満足と思えるものを人生設計に入れることである。

※参考文献:「自分には価値がない」の心理学 根本橘夫著