今ここに強烈なスポットライトを当てよ

自分が劇場の舞台に立っている姿を想像してください。

このとき、会場全体に蛍光灯が付いていれば、客席のいちばん奥まで見渡せるでしょう。

しかし、自分に強烈なスポットライトが当たっていれば、最前列さえ見えなくなるはずです。

われわれの人生も全く同じです。人生全体にうすらぼんやりとした光を当てているからこそ、過去や未来が見えてしまう。

いや、見えるような気がしてしまう。

しかし、もしも「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てていたら、過去も未来も見えなくなるでしょう。

われわれはもっと「いま、ここ」だけを真剣に生きるべきなのです。

過去が見えるような気がしたリ、未来が予測できるような気がしてしまうのは、あなたが「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光の中に生きている証です。

人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。

あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。

過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」には何の関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。

「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉などで出てこない。

フロイト的な原因論に立っていると、人生を因果律に基づく大きな物語として捉えてしまいます。

いつどこで生まれて、どんな幼少時代を過ごしどんな学校を出て、どんな会社に入ったか。

だから今のわたしがいて、これからのわたしがいるのだと。

たしかに、人生を物語に見立てることは面白い作業でしょう。

ところが、物語の先には「ぼんやりとしたこれから」がみえてしまいます。

しかも、その物語に沿った生を送ろうとするのです。

わたしの人生はこうだから、そのとおりに生きる以外にない、悪いのはわたしではなく、過去であり環境なのだと。

ここで持ち出される過去は、まさしく免罪符であり、人生の嘘に他なりません。

しかし、人生とは点の連続であり、連続する刹那である。

そのことが理解できれば、もはや物語は必要なくなるでしょう。

ライフスタイルは「いま、ここ」の話であり、自らの意思で変えていけるものです。
直線のように見える過去の生は、あなたが「変えない」という不断の決心を繰り返してきた結果、直線に映っているだけにすぎません。

そしてこれから先の人生は、全くの白紙であり、進むべきレールが敷かれているわけではない。

そこに物語はありません。

「いま、ここ」にスポットライトを当てるというのは、今できることを真剣かつ丁寧にやっていくことです。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには今できることを真剣かつ丁寧にやっていくことです。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著

 

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