”着実に世界を広げていく”

さて、人間というのは、全て親しい人の失敗に失望の色を示すかというと決してそうではない。

不安な緊張ですぐ固くなる人が、たまたまそういう人たちの中で育ってきたということにすぎない。

幼いあなたの言動に自分の満足を求めていた大人は、自分に満足を与えないあなたに不満だった。
それだけに、その不満をあらわな失望の表情であらわした。

むしろ、自分を満足させないあなたを責めているから、嫌みたっぷりに、これでもか、これでもか、というほど失望して見せた。

そして、周囲の人があなたに示す失望の表情を見て、あなたはあなた自身に失望した。

よく嫌味を言う人は、他人に対する攻撃を抑圧している人であろう。

攻撃が抑圧されるということは、攻撃衝動が消えるということではない。

抑圧された衝動はいじけた”嫌み”という形で出てくる。

不幸にして、幼い日あなたの側にいた人は、そのようなタイプの人間だったのである。
自分に失望している人ほど、他人に失望して見せる。

しかし、この世には全く違った種類の人がいる。
あなたが失敗しても、決してあなたに失望しない人がいる。

あなたの成功失敗に関係なく、あなた自身を受け容れてくれる人がいる。

まず、それを知ることが大切である。
客観的に人間を見ることである。
過去の亡霊に悩まされて、大人になってからも、失敗してら失敗されるのではないかとビクビクし、不安な緊張をすることはない。

小さい頃、あなたの言動に周囲の人が反応したような仕方で、全ての人が反応するわけではない。
その反応の仕方が、普通の人間の反応の仕方であると間違わないことである。

過去の亡霊に悩まされて、客観的に人間を見ることのできない人がなんと多いことか。

歪んだ眼鏡を外すだけで、不安な緊張はとれる。

小さい頃、あなたの周囲にいてあなたの言動に反応していた人は、いったい何人だったろう。
たとえば五人いたとしよう。
しかし、この地球上にはいったい何人の人がいるだろう。
五人の人間を見て、何億の人間のあなたへの反応が分かったように錯覚しないことである。

幼い日、自分の周囲にいた人を見抜くためには、その人達同士の関係を思い出してみるのもよい。

たとえば、他人の言動に自分の満足を見出そうとする人は、同時に他人の言動に情緒のバランスを崩す。

他人との間に自我の境界ができていないので、他人の言動で喜んだり、すぐに不愉快になったりする。

不機嫌な人ほど、他人の不機嫌に敏感であるという。
そのとおりであろう。
自我の境界がはっきりできていないから、他人の感情の動きが、そのまま自分の感情の動きになってくる。
自我の境界が確立している人は、他人の言動は他人の言動であって、それが直ちに自分の情緒のバランスを崩すものではない。

他人の言動で自分の情緒のバランスを崩してしまう人は、当然他人の言動に対する要求が多くなる。

会社から疲れて家に帰分裂病患者る時、奥さんが機嫌よく出迎えてくれるものと期待する。
そしたら逆に”ブスッ”としていた。
となると、情緒のバランスが壊れて、とたんに不機嫌になる。
怒り出したり、いるまでもグズグズと文句をいったりする。
「俺は会社で気をつかって家に帰ってくるんだ。それなのに・・・」と、クドクドと同じことを繰り返す。

自分の感情の在り方が、他人の言動に依存しているのは、当の本人にも辛いことだ。

自分の部下が自分をほめてくれると期待していたら、逆に隣の課長をほめてしまった。
すると、とたんに気持ちが乱れる。

つまり、幼い日、自分の周囲にいて、自分に決定的な影響を与えた人は、自分以外の人とどのような人間関係を結んでいたかということである。

自分の父親は母親にクドクドと夜中まで文句をいっていたかどうか、母親は地域社会の人とうまくやっていたかどうか、父親は会社に親しい同僚がいたかどうか、それらのことをもう一度思い出してみることである。

分裂病患者は世界を回復するために親を失わねばならないという一文を読んだ時、私はドキッとした。
しかし、よく考えてみれば、それは当然のことなのである。

今、あなたは人間への信頼を失っている。

われわれは、小さい頃、二つのことを受け容れられるかどうかで、原信頼をもつか、原不安を持つかに分かれる。

ひとつは、自分が無能であっても親に受け入れてもらえる、相手の期待を実現できなくても受け容れてもらえるということである。

もうひとつは、相手と違っても受け入れてもらえるということである。

根本的に大切な知覚は、自分の親の特性が、全ての人間の特性を代表しているものではないということである。
つまり、小さい頃、親が自分を評価したようには、他人は自分を評価しないということである。

そうした知覚を獲得するための第一の方法は、いままで思ってもみなかったことをすることである。
今まで考えてもみなかった人と付き合うことである。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するにはあなたの成功失敗に関係なく、あなた自身を受け容れてくれる人がいる。
まず、それを知ることが大切である。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著