対人恐怖症、社交不安障害の人が劣等感や無力感にとらわれるのは、他人から期待されていると感じる自分と、自分自身が持つ自己イメージの間にギャップ、勘違いがあるからである。

社会的に成功しながらも、どこか落ち着きがなく、イライラしている人がいる。

怒りっぽく、感情が不安定で、いわゆる気難しい人とされている。

彼も、イメージのギャップ、勘違いに苦しんでいるのである。

彼は、意識の領域で「私は優れている」と思っているが、無意識の領域では「私は劣っている」と感じている。

たまたま彼は、社会的に成功しているから、「自分はすぐれている」と思っているのである。

抑うつ的になる人というのは、意識の領域でも自分はだめだと思ってしまっているのである。

ただ、両者とも、無意識の領域で自分はだめだと思っている点は共通している。

したがって、社会的に成功している人でも、自分に自信のない人は、自分を評価しない人に対して激しい敵意を示す。

自信のある人は、悪意のある評価をする人とは無関係になろうとする。

こうして、前にも述べたように、自信のない人は、他から期待されていると感じる自分と、自分自身がもつ自己のイメージとのギャップ、勘違いに苦しむのである。

ところで、他から期待されていると感じている、その中身は正しいのであろうか。

それは決して正しくはない。

敵意を抑圧した情緒的に未熟な親が、子どもに完璧さを期待した結果、成長しても、親の期待と同じ期待を他人もまたしていると錯覚しているだけなのである。

ところが、世の中には敵意を抑圧していない人もいっぱいいる。

他人に好意をもって生きている、愛情豊かな人がいっぱいいるのである。

劣等感に苦しんでいる人、傲慢な人、引っ込み思案な人、抑うつ的傾向の人、無気力な人、受け身的依存の人、これらの人はまず、他人がじぶんに期待していると感じていることは間違っていると知るべきである。

つまり、恋人により好かれるためには、自分はこうなれば良いと感じていることは間違っているのだ。

同僚につきあってもらうためには、自分はこうならねばならないと思っていることも間違っている。

学生時代の知人たちに喜んでつきあってもらうためには、自分がこうなったらよいだろうと感じていることも間違っているのである。

対人恐怖症、社交不安障害を克服したい人はまず、他人が自分に何も期待していないことを知ることである。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著