依存性パーソナリティは、相手に嫌われまいとして過度に相手に合わせてしまうことを特徴とする。

自分にとって不利益なことでも、相手が困っていると、つい自分の方を犠牲にしてでも、何とかしようとする。

言い寄られると、さして好意を感じているわけでもないのに、相手を気の毒に思い、つい関係を許してしまったり、相手の借金を払う羽目になったりする。

その意味で、これまでのタイプとは異なり、どちらかというと、うまく接近され、利用されやすいタイプでもある。

強引なセールスや勧誘も、断るのが苦手で、相手に悪いと思って、多額の契約をしてしまったりする。

相手に気を遣い、過剰なほど尽くそうとするので、相手にとっては、とても心地よく、そうした親切が、好意と誤解されてしまう場合もある。

対人距離は、演技性、自己愛性、反社会性に次いで、近くなりやすく、執着傾向は、もっとも強い。

距離が近くなるのは、自分から接近するというよりも、誰にでも気を遣いすぎ、サービスしすぎてしまうので、その気になった相手の接近を招きやすく、そのうえ、断るのが苦手なうえに、一度親密な関係になると、相手に執着してしまうという三重の理由に起因している。

自己愛性や反社会性といった強引で身勝手なタイプの餌食になりやすく、また自己愛性や反社会性のタイプの大胆で大柄なところを、依存性の人は強さだと勘違いしたり、気に入られようと余計に媚びを売ってしまい、深みにはまりやすいという構造がある。

ことに自己愛性や反社会性の男性にとって、依存性の女性は、カモがネギをしょって、食べられるのを待っているようなものなのかもしれない。

依存性の女性の方も、犠牲になっている自覚はなく、むしろ貢ことが生き甲斐になっているというケースも少なくない。

日本には伝統的に多かったタイプの女性だと言える。

自己愛性や反社会性の男性から見れば、これほど好都合な存在もいないということになるだろう。

こうした関係を愚かだと笑いたくなるかもしれないが、決してそれは他人事ではない。

一般の人々は、自分で主体的に判断し行動するというよりは、もっともらしい意見を堂々と言う存在を頼りにし、それに迎合することで気持ちの支えを得ている。

つまり、個々人でなく全体で言えば、大衆とは依存的な特性を持つ。

自己愛性や演技性、反社会性を備えたヒーローやアジテーターが、かっこよく言いたいことを言うのを聞くと、喝采を送り、熱烈に支持してしまうのだ。

その支配の構造は同じなのである。

※参考文献:対人距離がわからない―どうしてあの人はうまくいくのか― 岡田尊司著