勇気づけ

他者の課題に対して、土足で踏み込んでいくような行為のことを課題の分離における「介入」といいます。

それでは、なぜ人は介入してしまうのか?
その背後にあるものも、実は縦の関係なのです。

対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低く見ているからこそ、介入してしまう。
介入によって、相手を望ましい方向に導こうとする。
自分は正しくて相手は間違っていると思い込んでいる。

もちろんここでの介入は、操作に他なりません。
子供に「勉強しなさい」と命令する親などは、まさに典型です。
本人としては善意による働きかけのつもりかもしれませんが、結局は土足で踏み込んで、自分の意図する方向に操作しようとしているのですから。

では、目の前に苦しんでいる人がいたらどうするか。
見過ごすわけにはいきません。介入にならない「援助」をする必要があります。

子供が勉強すること。
これは子供が自ら解決すべき課題であって、親や教師が肩代わりできるものではありません。
そして介入とは、こうした他者の課題に土足で踏み込み、「勉強しなさい」とか「あの大学を受けなさい」と指示することです。

一方の援助とは、大前提に課題の分離があり、横の関係があります。

勉強は子供の課題であると理解したうえで、、できることを考える。
具体的には、勉強しなさいと上から命令するのではなく、本人に「自分は勉強ができるのだ」と自信を持ち、自らの力で課題に立ち向かっていけるように働きかけるのです。

強制ではなく、あくまでも課題を分離したまま、自力での解決を援助していきます。
「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」という、あのアプローチです。
課題に立ち向かうのは本人ですし、それを決心するのも本人です。

誉めるのでも叱るのでもありません。
こうした横の関係に基づく援助のことを、アドラー心理学では「勇気づけ」と呼んでいます。

人が課題を前に踏みとどまっているのは、その人に能力がないからではない。
能力の有無ではなく、純粋に「課題に立ち向かう”勇気”がくじかれていること」が問題なのだ、と考えるのがアドラー心理学です。

そうであれば、くじかれた勇気を取り戻すことが先決でしょう。

人は、ほめられることによって「自分には能力がない」と言う信念を形成していきます。

もしもあなたが、誉めてもらうことに喜びを感じているとすれば、それは縦の関係に従属し、「自分には能力がない」と認めているのと同じなのです。
ほめることとは「能力のある人が能力のない人に下す評価」なのですから。

誉めてもらうことが目的になってしまうと、結局は他者の価値観に合わせた生き方を選ぶことになります。

まずは課題の分離をすること。

そしてお互いが違うことを受け容れながら、対等な横の関係を築くこと。
「勇気づけ」は、その先にあるアプローチになります。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するにはしかられても、ほめられてもいけません。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著

 

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