学歴が低ければ就職や出世の機会も奪われる。
社会的に低く見られ、成功できなくなる。言い訳でもなんでもなく、厳然たる事実ではなかろうか。

アドラーはこれらを「見かけの因果律」という言葉で説明しています。

本来は何の因果関係のないところに、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明し、納得させてしまう、と。

たとえば先日も、「自分がなかなか結婚できないのは、子供時代に両親が離婚したせいです。」と言う方がいました。

フロイト的な原因論から考えるなら、両親の離婚は大きなトラウマであり、自分の結婚観とたしかな因果関係を結んでいるのでしょう。しかし、アドラーは目的論の立場からこうした議論を「見かけの因果律」だと退けるわけです。

それでも現実問題として、高い学歴を持っていた方が社会的な成功を手に入れやすいのではないか?
問題は、そうした現実にどう立ち向かうかなのです。もし、「わたしは学歴が低いから、成功できない」と考えているとすれば、それは「成功できない」のではなく、「成功したくない」のだと考えなければなりません。

単純に、一歩前に踏み出すことが怖い。また、現実的な努力をしたくない。
いま享受している楽しみ、例えば、遊びや趣味の時間、を犠牲にしてまで、変わりたくない。
つまり、ライフスタイルを変える「勇気」を持ち合わせていない。多少の不満や不自由があったとしても、いまのままでいたほうが楽なのです。

対人恐怖症、社交不安障害を克服したいひとは、ライフスタイルを変える勇気の一歩を踏み出してみましょう。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著