ここまで、医学モデルの限界やデメリットについて繰り返し述べてきたが、誤解の無いように言えば、医学モデルがすべて悪いわけではない。

もちろん効用のある面もあるし、だからこそ、長きにわたって生き延びてきたともいえる。

「病気」という見方、つまり、症状の背後にある病気を診断し、それに基づいて治療するという医学モデルは、精緻な診断と、治療の体系を生み出してきた。

実際には、感染症を除いて、さほど生命予後を改善したわけではないものの、その人の運命をほぼ正確に知るという意味で、神のような地位を獲得してきたのである。

その信頼の大きさは、つぎ込まれる莫大な医療費の金額にも反映されているだろう(日本の医療費だけでも四十兆円を超えている。

国家予算の四割にも相当する額である)。

病院にかかっても、大して利得はないと多くの人が思うのであれば、これほど多くの人が病因に詰めかけることはないに違いない。

医学への信頼は、絶大といえるほど大きいのである。

実際の効用からすると、それはほとんど信仰のようにも思える。

神なき時代に生きる人々がすがるものとして、医学の隆盛があるのかもしれない。

しかし、絶大な権威が生まれると、必ず権威の暴走や弊害も起きる。

それは歴史が何度も証明していることである。

本来は適用すべきでないようなところにまで、医学モデルが拡張され、援用されるということが起きる。

とはいえ、ここでは、医学モデルのメリットについて、もう少し述べてみたい。

その一つは先ほども触れたように、「面倒な説明を省いてくれる」ということである。

病名を言うだけで、強い説得力が生じる。

不可解なことが、実は病気の症状として起きているのだという説明は、狂気にとらわれた人さえも、一瞬、はっとさせるほどだ。

ほとんどの人は、「それは病気の結果起きているのだ」と言われると、反論できなくなる。

常識では受け入れられないようなことも、医学モデルに当てはめて理解することで、ある程度受け入れることができるのである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著