”喜びや興奮を忘れてはいないか”

愛を知らない人間は、とかく人生を暗く否定的に考えがちである。

結局、世間は権力や財力だとか、人の一生は生まれながらの運命によって決まるとか、やがて世界は破滅するだろうとか、尊敬されるためにはあまり近づかれない方がよいとか、人生は悩みに満ちているから耐えるか気晴らしをするだけだとか、楽しいのは一時のことでやがて苦しい時が来るとか、生きることは辛く哀しいとか・・・。

愛されることなく支配された人は楽しむことを知らない。いや、楽しむことを軽蔑さえする。
楽しいスポーツまで、悲壮感でするものになってしまう。

世界的に活躍する二人の日本の音楽家、小澤征爾と武満徹の対談で、「音楽」(新潮社)と題する本が出ている。

そのなかで小沢は次のように言っている。
「正直言って、日本の音楽家は本当に音楽やろうという気概の人が少ないのね。・・・・
お客さんも、音楽が本当に好きで聴きに来ているという感じが薄いのね。」
「もう一つ日本の音楽界に欠けているのは、興奮と言ったらおかしな言い方だけど音楽をやる興奮だよね。・・・」

音楽もスポーツも喜んでやるものから、やるべきものになってしまう。
そして、楽しんでするものではなく、悲壮感でするものになる。

だからこそ、いったん安楽な思いをするとわれわれはダメになってしまう。
もっと正確に言えば、依存心の強い権威主義者は、いったん楽をするとダメになる。

このような姿勢で生きてきた者は、情緒的にも脆いが、環境の変化にも脆い。

人間はいったん楽をするとダメになるというが、これは依存心の強い人間の場合であろう。
耕すことを楽しんできた農家の人、働くことを喜んできたビジネスマンは、いつになっても働く意欲を喪失しない。

クラブ勤めを三年やると女はくずれるともいう。
このような女性は、もともと生きることを楽しんでこなかったし、依存心も強かったのであろう。

幸か不幸か土地成金にもなれず、高級クラブにも出入りできないが、多少の暇とお金がある人は退屈を恐れて、パチンコ、マージャンなどに手を付ける。

三年やるとだめになるのはクラブの女ばかりではない。
会社で適当にやる―酒と麻雀、パチンコ―自宅で週刊誌、を三年やれば、暮らしがしんどくなる。
刺激と退屈の繰り返しに、さらにますこみが加担する。

依存心と抑圧の強い人がいったん楽をするとダメである。
大きな仕事に挑戦する気力がなくなってしまう。
これは残念ながら、ある程度今の日本人にも当てはまる

昭和二十年代、日本は第二次世界大戦後の混乱にあった。それが昭和二十五年の朝鮮動乱の特需で、経済は復興した。
しかし、その復興の陰には、日本人の勤勉性があったことを忘れてはならない。

昭和三十年代に入り、国内は充実し、経済は強くなった。
いわゆる体力をつけた。
そして昭和三十年代に日本は経済的には鎖国のようなことをした。

しかし、単に鎖国だけで経済的な体力が強くなるわけがない。
やはり、その陰に日本人の勤勉性があったのだ。

そして、昭和四十年代には日本の企業は国際競争力をつけた。
ただ、そこにはまだムラの文化があり、ムラの常識があり、真に国際的な企業になっていたかどうかは疑問である。
しかし、とにかく日本の企業が国際競争力をつけたことの背景には、やはり、日本人の勤勉性があったのである。

おそらくは世界に名だたる同質社会特有の依存心を利用して、世界に名だたる生産性の向上をはかったのではなかろうか。

だが、われわれは働くことを楽しんだであろうか。もちろん、中には働くのが面白くてたまらないという人もいたであろう。
しかし、多くは働くことを義務と感じていたのではなかろうか。

だからこそ、ある人が雑誌ではなしていたところによれば、日本のビジネスマンの十二%がうつ病だというのに、他の産業先進国のビジネスマンの場合はニ%にとどまっているのではなかろうか。

もちろん、うつ病の診断基準等でいくらでもこの数字は動くかもしれない。
しかし、他の産業先進国のビジネスマンより、日本のビジネスマンのほうがうつ病になりやすいということはいえるであろう。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには喜びや興奮に意識を向けることである。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著