回避型愛着スタイルと結婚

結婚生活が窮屈に感じることも

回避型愛着スタイルの人にとって、結婚生活は葛藤を抱きやすい場である。

パートナーとの情愛的な共感やパートナーが常にそばにいることは、回避型愛着スタイルの人にとって重荷になる。

自分一人の時間が一番重要であるから、絶えず誰かと時間を共有するのを求められると、拷問に感じてしまうのである。

そうした思いが、結婚生活を行き詰まらせてしまうことも少なくない。

三十代前半のMさんは、夫の行動や態度がまったく理解できない。

結婚生活というものは、互いに歩調を合わせ、いたわり合いながら築いていくものだと思っていた。

しかし、夫はそうではないらしく、結婚してからも、独身時代と同じように、自分の楽しみを優先しているように思えて仕方がなかった。

夫は、子どもをもつことにも消極的で、Mさんがその話をしても、給料が少ないことを理由に、「もう少し先で」と言うばかりで、積極的な反応はなかった。

だが、三十歳を超え、Mさんも、将来に対して焦りを感じるようになり、夫に「どう考えているのか」と問い詰めることが多くなった。

ところが、夫はMさんの思いをわかってくれるどころか、そういう話を避けるようになり、Mさんとしても、夫の気持ちがわからなくなるのだった。

また、結婚三年目くらいまでは、夫はMさんに対して、思いやりや協力する姿勢もみせたのだが、それを過ぎたあたりから、家にいても、パソコンやゲームをして時間を過ごすことが多くなった。

Mさんのことも、まるで家政婦のような扱いになり、たまりかねたMさんは夫に「別れたい」と切り出した。

すると、夫はひどくうろたえ、しばらく態度を改めるのだが、すぐまた元の調子に戻ることの繰り返しだった。

そんな折、夫に転勤話がもち上がった。

転勤先が夫の実家方面だったため、とりあえず、夫は実家から仕事に通うことになった。

落ち着いたら、新たに居をかまえ、Mさんをそこに呼び寄せるということに決まった。

ところが、いくら待っても、夫から新居の話は出ず、多忙や経済的な問題を持ち出して、先延ばしにし続ける。

業を煮やしたMさんが、どういうつもりなのかと怒りをぶつけたところ、夫はしばらく別々に暮らしたいと言い出したのだ。

その後も、給料を折半して別居する状態が続いている。

夫はその生活がすっかり気に入っているようだ。

夫にとっては、三万円の小遣いしかもらえなかった妻との暮らしよりも、給料の半分を自由に使え、誰からも束縛されない実家暮らしの方が、ずっと快適なのだろう。

妻とのセックスも、快楽が目的だったうちは、それなりに魅力であったが、目的が子どもをつくることに変わると、逆に苦役になっていたのかもしれない。

結局、家族に対する責任というものから、夫はのがれたかったのだろう。

自分のための安全基地に徹してくれていた間は、妻にも存在価値があったが、責任を求める存在になったとたん、疎ましい存在に変わってしまったのだ。

回避型愛着にとっての結婚

このように見ていくと、回避型愛着スタイルの人がなぜ結婚するのかわからなくなってくる。

しかし、現実には、回避型愛着スタイルの人も結婚しているわけで、そのパターンは、大きく分けて三つ挙げられる。

まず、もっともありがちなのは、相手や周囲のペースに乗せられて、いつのまにか話が進んでしまい、気がついたらいっしょになっていたというケースである。

種田山頭火の結婚も、その一例である。

学業よりも俳句や文学にうつつを抜かしていた山頭火は、羽振りの良かった父親が株で大損し、家産が傾いたため、大学を辞め、山口の実家に戻って、酒造りを始めることになった。

その際、「商売をするのには妻が必要」と、周囲に見合いを勧められた。

だが、山頭火は、結婚する気などなく、かねてから「自分は弾坊主になるんじゃ」と遁世への願望を口にしていた。

それが、周りから言い含められ、逆らうのも面倒くさいということで、妻を娶ることにしたのである。

自分の人生でありながら、どこか他人事のようなこの態度は、このタイプの人にしばしばみられるものである。

しかし、結婚しても、一家の主として頑張るどころか、妻に商売を任せっきりで、自分は俳句三昧の暮らしだった。

これでは事業がうまくいくはずもない。

杜撰な管理がたたって、酒蔵の酒を腐らせてしまい、これが巨額の損失となり、とうとう種田家は破産に追い込まれる。

山頭火と妻は、妻の実家の熊本へと落ち延びることとなった。

熊本で、古本屋や額縁屋を試みるも、どれもうまくいかない。

そこで山頭火は、一人職を求めて上京をする。

しかし、一人の気ままな暮らしに慣れてしまうと、妻子を迎えるどころではなく、働いたわずかな金もすべて酒代や本代に消えた。

その四年の間、妻子の生活費の面倒をみていたのは、妻の実家だった。

ついに妻の実家からも愛想をつかされ、結婚の話が出ると、山頭火は拒絶することなく離婚届に判を捺した。

実は、妻のサキ自身は離婚を望んでいたわけではなく、山頭火が拒否してくれることを期待していたのだ。

ところが、山頭火があっさり離婚に応じたと聞かされて、サキも仕方なく判を捺したという。

外部からの圧力に対して、何ら自分の意思をもって抵抗することがない点にも、回避型愛着スタイルの特徴がよく出ている。

他人と争ってまで自分の考えを主張する気持ちが乏しいのである。

それには、そこまでしてまもらなければならない絆というものが存在しないという感覚が与っているだろう。

「これだけは譲れない」という執着があるから、守るべき存在があるから、争いや葛藤も生じるのである。

山頭火と妻のサキとの相性があまり良くなかったという見方もある。

サキは、しっかり者で頭も切れる上に美しく、山頭火からすると、気楽に甘えられる相手ではなかったというのだ。

つまり、妻が山頭火にとって、「安全基地」の役割を果たしていなかったということである。

上京して、四年も家に帰らないという事態は、裏を返せば、家族と距離をとらずには、心のバランスが保てないところまで山頭火が追い詰められていたということでもあろう。

心の中の幻を求めて

回避型愛着スタイルの人が結婚するパターンの二つ目は、相手が自分のルールや基準に合致しているということだ。

この場合、パートナーに対する真の愛情や愛着があるわけでない。

本当に愛しているのは、自分の理想であって、現実の存在ではない。

したがって、パートナーから期待はずれの側面を見せられると、熱が醒めるのを通り越して、拒否感や嫌悪感さえ抱くようになってしまう。

回避型愛着スタイルの人は、パートナーのある一面、ある部分だけを愛しているにすぎない。

それが、学歴やステータスという場合もあるだろうし、体の部分的な美しさや特徴である場合もある。

横顔が、かつて愛した存在に似ているという、ただそれだけということもある。

そんな特性が、持続的な愛情を支えるには、頼りなく、移ろいやすいものであることは否めない。

自分をまるごと愛してもらえると思いこんだパートナーこそ、悲劇である。

キルケゴールの場合

実存主義の哲学者として知られるセーレン・キルケゴールの恋愛もまた、回避型愛着スタイルの人物特有のものであった。

キルケゴールは1813年、デンマークの首都コペンハーゲンに、裕福な商人の末っ子として生まれた。

父親は56歳、母親も44歳という高齢での誕生だった。

父親は敬虔で厳格な人物であったが、キルケゴールが物心ついたとき、すでに老人であった。

母親は、キルケゴール家に家政婦として身を寄せていた女性で、父親は先妻が病死して一年経つか経たないかのうちに、この女性と再婚した。

平たく言えば、父親は家政婦に手をつけ、みごもらせてしまったのである。

後にキルケゴールが青年になったとき、急に生活が荒れ始めるのだが、そのきっかけとなったのが、両親の結婚についての秘密を知ったこととされている。

父親を尊敬していたキルケゴールにとって、父親がそのような罪を働き、それが自分たち兄弟の出生に関わっていたということは、自分のアイデンティティをも脅かしかねない、とてもショッキングなことだったのである。

幼年時代のキルケゴールは、虚弱で、しかも末っ子だったこともあり、過保護に育った。

幼いころから友達には馴染まず、相手の欠点をずけずけとあげつらったり、小賢しくふるまうところもあったので、同年代の子どもからは好かれず、孤立しがちだった。

自己顕示欲と自己愛が強く、自分の優越をひけらかすような傾向がみられるのは、過保護に育った子ども特有の、未熟な自己愛性とも解せるし、少々発達上の課題を抱えていたのかもしれない。

それでも、ギムナジウム(中高一貫教育の進学校)からコペンハーゲン大学に入学したころまで、キルケゴールの人生は、明るいものだった。

だが、折からキルケゴール家に悲運が続き始める。

姉や兄が次々と亡くなり、21歳の夏には母まで喪ってしまったのだ。

家族で残されたのは、父親と兄が一人だけだった。

両親の結婚の秘密を知ったのは、22歳のときだった。

父親から聞かされ、彼自身「大地震」と呼ぶほどの衝撃を受ける。

それから父親に反発し、無軌道な生活と遊蕩に耽り始める。

遅い反抗期が始まったとも言えるだろう。

しかし、経済的には父親に依存したままで、飲み屋や娼家通いでできた借金も、父に尻ぬぐいしてもらうしかなかった。

24歳で実家を離れ、一人暮らしを始めたが、そのときも、生活費は父親から仕送りしてもらっていた。

定職にも就かず、父親の脛をかじりながら無気力に暮らしていたのである。

そんなとき、キルケゴールは訪れた知人宅で、運命の女性レギーネ・オールセンと出会う。

レギーネは、まだ14歳の少女だったが、キルケゴールはたちまち恋に落ちたのである。

これが転機となった。

キルケゴールは父親と和解し、遊蕩生活から足を洗うと、学業に身を入れ出したのである。

父親が翌年他界したが、彼のもとには、一生生活に困らないだけの財産が遺された。

二年後、キルケゴールは神学科の卒業試験に合格し、その余勢で、レギーネに求婚し、承諾を得ることができた。

キルケゴール27歳。

まさに、彼の人生は最高潮にあったと言えるだろう。

翌年には学位論文を書き上げて提出する。

ところが、その直後、彼は婚約破棄を告げる手紙とともに婚約指輪をレギーネのもとに送り返すという挙にでる。

その間、二人の間には、恋の主導権をめぐる応酬があったようだ。

最初に、不満を言い出したのはレギーネの方だったという。

それに対して、キルケゴールは宥め役に回り、どうにか事なきを得た。

しかししだいに形成が逆転、レギーネの方がキルケゴールに精神的に依存し、尽くすという格好になってきた。

キルケゴールは負担を感じるようになり、婚約したことを後悔し始めたのである。

キルケゴールの行為に対して、レギーネは泣いてすがったが、彼の気持ちは冷める一方だった。

レギーネの父親やコペンハーゲンの社交界は、キルケゴールの理不尽なふるまいに激怒し、嫌気がさしたキルケゴールは、逃げるようにベルリンへ旅立ってしまう。

キルケゴールが、ベルリン滞在中に書き上げたのが『あれか、これか』である。

この書は、レギーネとの関係をふりかえることで、自分の心の中で何が起きたかを自分に納得させるとともに、レギーネにも理解してもらうことを意図していた。

その中の一章「誘惑者の日記」は、レギーネと交際中のキルケゴールの心の動きをそのまま反映したものであった。

その中で主人公は、お互いの自由を守り、愛を永遠のものにするために婚約破棄に踏みきる。

この書は匿名で出版されたが、キルケゴールが作者であることが曝露されると、たちまちコペンハーゲンの読書界は、このスキャンダラスな青年の理解しがたい告白に飛びついた。

婚約を一方的に破棄した上に匿名とはいえ、相手を捨てた心境を綴って、これを大々的に出版するという感覚は、およそ非常識であり、逆に言えば非常に現代的である。

昨今の芸能人の暴露本に通じるものがあるだろう。

出版からほどなく、キルケゴールはたまたま教会でレギーネと鉢合わせをする。

二人は会釈しただけだったが、彼は、レギーネの眼差しに「許しの頷き」を見たという。

実におめでたい話だが、そのとき、彼の胸中には、レギーネとの復縁の希望が芽生え始めていた。

キルケゴールは再びベルリンに旅立ち、愛のやり直しをテーマとした著作『反復』の原稿を完成させた。

そして実生活においても、もう一度レギーネとやり直すつもりでコペンハーゲンに戻ってきたのだ。

しかし、キルケゴールを待っていたのは、レギーネが他の人物と婚約したという事実であった。

以前から変わらずに自分に思いを寄せていた男性を、改めて婚約者に選んだのである。

キルケゴールの独り相撲だったと言える。

キルケゴールがいかに長大で、手の込んだ、哲学的弁明をしたところで、精神医学的に見れば、彼は、一人の女性との愛という煩わしい現実に囚われるのを嫌い、そこから逃げたにすぎない。

彼が愛していたのは、自分の理想像であって、レギーネという現実の女性ではなかった。

キルケゴールは、そのことに薄々感づいており、結婚したりすれば、レギーネとの愛情が、あまりにも無惨で色あせたものに変わり果てることを予見せずにはいられなかった。

その事態を避け、レギーネへの観念的な愛を守るためにできることは、現実のレギーネとの愛を諦めることだった。

こうした心理は、回避型愛着スタイルの人には、しばしばみられる。

愛するがゆえに、猥雑で生臭い関係に落ちていくことにためらいを覚え、それを忌避してしまうのである。

しかし「愛するがゆえに」というのは、きれいごとで、本当のところは、脆く脅かされやすい自分の生活を守りたいのである。

煩わしく、どろどろとした現実の生活にはまりこんでいくことに、繊細過ぎるこのタイプの人の感性は耐えられないのである。

偶像化され、固定化された愛

回避型愛着スタイルの人は、愛情を求められれば求められるほど、依存されればされるほど、うっとうしく重荷に感じてしまう。

愛し合っていれば愛情や思いやりを求めるのが当然と考える人からすれば、この反応はまるで解しがたい。

「優しくして」と甘えることが、なぜ相手の怒りをかうのか、まったく理解できないだろう。

レギーネがキルケゴールにすがろうとすればするほど、彼は冷酷なまでにレギーネを拒絶した。

二人の間に横たわっていた溝は、回避型愛着スタイルの人と不安型の人との間に横たわる、避けがたい隔たりと言うこともできるだろう。

それゆえレギーネが、自分に変わらぬ思いを寄せてくれる別の男性と婚約したことは、ごく自然な選択であった。

キルケゴールがレギーネとの愛の反復にこだわり、そのことを一つの哲学として結晶化しようとした点にも、回避型愛着スタイルの人の特徴がにじみ出ている。

回避型愛着スタイルの人にとって、愛すべきものは、磁気媒体に固定された一篇のアニメやドラマのように、何度も繰り返し味わえるような存在であってほしい。

それは、現実の時間や空間を超えた永遠の記憶であり、普遍の存在であるべきなのだ。

だから、現実の相手が何を感じ、何を思っているかということは二の次になる。

状況によって気持ちが変わるということが受け入れられず、一度発せられた言葉は、永久にそのままとどまり続けるべきだと考える。

とうに愛想をつかされているとは気づかずに、相手に同じ愛を期待し続けるのである。

回避型愛着スタイルにとっての幸福な結婚とは

回避型愛着スタイルの人が結婚するパターンの三つ目は、おそらくもっとも幸運な結婚の形であろう。

回避型愛着スタイルの人にとって長続きしやすい関係は、仕事や趣味、芸事、スポーツなど、ある特定の領域の興味や関心を共有する仲間と、その部分でだけつきあうというものである。

結婚においても、この原則は基本的に変わらない。

夫婦だからといって、全面的に縛られ、すべてを頼られることは苦しさを生む。

この場合も、回避型愛着スタイルの人が本当に愛しているのは、自分の関心や興味なのだが、パートナーとそれを共有することによって、相手への共感や敬意が育まれ、さらに長い関わりの中で愛着が培われ、幸福な関係が続くことになりやすい。

ある研究者の夫婦は、おしどり夫婦として仲間内にも知られている。

だが、いつもいっしょの時間を過ごしているというわけではない。

二人とも研究者なので、毎日遅くまで研究に追われている。

それぞれ研究のペースも違うので、帰宅する時間もバラバラだ。

一緒に食事をするのは休日だけ。

その休日もしばしば学会や出張で消えてしまう。

夫だけが留学し、二年間別々に暮らした時期もあった。

だが、そのことに、二人とも何の躊躇もなかった。

研究のため、当たり前のことであった。

一緒にいる時間が少なくても、二人の関係が揺らぐことがないのは、趣味や関心が共通していることが与っていた。

夫はバイオリンを弾き、妻はフルートを奏でる。

どちらも、セミプロ級の腕前で、月に一回くらい、一緒に演奏をする。

共通する趣味があり、そこで結びついてさえいれば、互いに満足している。

それ以外にベタベタしたいとも思わない。

そもそも研究に忙しいので、そんな暇もない。

子どもをつくる予定も余裕もない。

別に必要だとも思わないし、今の生活が乱されることの方を警戒している。

二人は、その点でも意見が一致しているので、何の摩擦もない。

しかし、たいていの場合、こんなふうにはうまくはいかない。

多いのは、不安型の妻が回避型愛着スタイルの夫に親密な関係を求めたり、子育てを一緒にしてほしいと願うパターンである。

夫にすれば、子どもができると、妻の関心が子どもに移ることで解放される一方、子育てへの協力を要求され、負担が増す面もある。

いずれにしろ、妻は夫にもっと思いやりや協力を期待するが、夫はそれに無頓着である。

妻がヒステリーを起こすと、渋々協力しようとするが、長続きはしない。

また、妻が話をしても夫は上の空で、それを妻は腹立たしく思う。

妻の不満が積もり積もって、ときどき爆発するということを繰り返すのがふつうだ。

夫は、しだいに妻から失望と軽蔑の目を向けられるようになり、いくら家計の面で貢献していても、家庭では大して評価されないという立場におかれる。

妻は何かにつけ夫を非難し、夫はビクビクして、妻の顔色をうかがう。

これでは、回避型の愛着スタイルが夫婦生活によって安定型に変わるどころか、恐れ・回避型愛着スタイルという、より不安定な愛着スタイルに変わりかねない。

そうなると、夫は情緒不安定になって、感情的な反応や攻撃的な反応を引き起こしやすくなる。

それなりにバランスがとれていたと思われていた夫婦関係が、ある時期を境に、口を開くといがみ合うような関係に変わっていく。

いったんそうなると、お互いがよほど自覚して修正に向けて努力しない限り、関係はどんどん悪化していく。

では、そうならないよう関係を維持していくためには、どうすればいいのだろうか。

安定した関係が長く続くカップルの場合、どちらか一方が相手のサポート役・引き立て役に回ることで、バランスをとっていることが多い。

いずれにしろ、サポート役に回る方が、安定した愛着スタイルをもち、余分に自己犠牲を強いられることが多い。

しかし、なかには、不安型の愛着スタイルがうまく活かされる場合もある。

不安型の妻は、家族の世話に熱中する傾向がある。

これは強迫的世話と呼ばれるが、回避的で自己愛の強い夫との生活において、世話をする役目を一身に引き受けることで、バランスが保たれる。

逆に、不安型の夫が、情緒不安定な妻を支えるといった組み合わせも、よく見かけるものだ。

この場合も、夫の強迫的な義務感がうまいぐあいに作用する。

いずれの場合も、自分が主人公になるよりもサポート役に回ることに生きがいを感じるタイプの人と、世話や関心を人一倍必要としているタイプの人の組み合わせがいいようだ。

このパターンは、回避型愛着スタイルの人にとって、もう一つ最良な結婚の形と言えるだろう。

マイナス面ともなる愛着パターンも、パートナーとの組み合わせしだいで、互いのニーズを満たし合い、夫婦生活に安定をもたらすことができるのである。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著

 

  ★対人恐怖症・社交不安障害の克服メルマガ★(無料)

対人恐怖症・社交不安障害、あがり症の克服方法や考え方を定期的にメールで配信します。

対人恐怖症・社交不安障害、あがり症でお困りの方にはきっと役立つと思いますので、これを読んで克服していきましょう。

ただ今、医師が「ああ、もう克服しかけてるな」と安心する時、対人恐怖症・社交不安障害の人が発する言葉を登録時に配信中です。

*メールアドレス
*お名前(ニックネーム)



※登録後の返信メールが届かない場合は、一度迷惑メールフォルダをご確認のうえ、迷惑メール解除をお願いします。
サブコンテンツ

このページの先頭へ