回避型愛着スタイルと養育要因

回避型愛着スタイルは、併存するパーソナリティによって幅はあるものの、人と心から打ち解け、信頼関係を築いたり、長続きさせることが困難であるという共通点を抱えている。

また、そもそもそうした関係になること自体を避けようとする傾向もある。

こうした傾向は、当然、人とのつながりや結婚、子育てといったことにも、深刻な影響を及ぼさずにはおかないが、今こうした回避型愛着スタイルを抱えた人が増えていると考えられている。

個人主義化した近代社会ほど、回避型愛着スタイルの人の占める割合が高くなる。

未開部族の研究や途上国の研究から、近代化以前の社会では、回避型愛着スタイルの人は極めて例外的で、ほとんど存在しなかったと考えられている。

実際、アフリカのドゴン族で行われた調査では、回避型の子どもはゼロであり、また1985年に札幌で行われた調査でも、回避型の子どもはいなかった。

しかし、同時期に東京で行われた調査では、13%の子どもに回避型を認め、アメリカなど先進国並みの割合を示している。

大学生を対象とした最近の調査では、回避型愛着スタイルを示す割合は27.5%にも達している。

愛着スタイルの成立には、一部には遺伝要因も関与するが、養育要因など環境要因の関与が大きいとされる。

人びとの間に回避型愛着スタイルが広がっているとしたら、生存や種の維持を支える愛着という仕組みに変異が起きているということである。

ネグレクトと回避型愛着スタイル

長年、回避型愛着の主要な原因と考えられてきたのは、ネグレクトであった。

子どもが親に世話や関心を求めても、無視され、期待を裏切られる状況が繰り返されると、子どもは、やがて期待するのをやめ、傷つくのを避けるようになる。

それは心理的なプロセスというよりも、生物学的な適応のプロセスである。

そのプロセスにおいて、報酬の得られない行動はしだいに消去されていく。

たとえば、子どもが親に泣いて甘えたところで何の反応もなければ、子どもはもはやそういう行動をとらなくなる。

すべてのモチベーションや行動は、それによって心地よい応答、つまり報酬が与えられて初めて強化され、継続されるからである。

愛着形成の時期に、子どもが親から十分な応答が与えられないと、回避型になりやすいことはさまざまな研究により裏付けられている。

逆に、先のベームの研究に示されるように、

この時期に応答を増やすことによって、回避型になるのを防ぐこともできる。

回避型愛着スタイルと共感的応答の欠如

安定した愛着を育む上で不可欠なのは、まず安全で安心できる環境であり、応答性と共感性だとされる。

応答性とは、もとめられれば応えるという相互的反応であり、共感性とは相手の立場になって気持ちを汲むということである。

共感は、応答の仕方にあらわれるので、結局、この二つの要素は、共感的応答という形で示されることになる。

子どもが親に何かを求めてきたとき、親がその子の気持ちをすぐに汲みとって応えてあげる。

これが、とても重要なのである。

求めても応えようとしなかったり、求めているのとは見当違いなことを押し付けたりすると、共感的応答に失敗することになる。

共感的応答は、子どもにとって自分の感情や意図を鏡のように映し出してくれるものである。

それは、次に挙げる三つの点で、子どもの発達を助ける。

その一つは、子どもが自分のことをわかってもらえたと感じ、安心感や満足を覚えることで、他者というものを心地よい存在として認識するようになることである。

基本的信頼感というものが育まれる上で、共感的応答はとても大事なのである。

二つ目は、自分の感情や意図を鏡のように映し出してくれることにより、自分自身の気持ちを理解する力を育んでいくということだ。

渾然として感情や欲求に囚われている子どもは、自分が何を感じ、何を求めているのかさえわかっていない。

親が自分の気持ちを読み取ってくれ、笑ったり、困ったりという顔をしながら、言葉にして応えてくれることで、子どもは自分に起きていることの意味をしだいに理解できるようになる。

漠然としていたり混乱していた感情や欲求が、言葉によって名づけられ、理解しやすいものに整理されていく。

そうして自分の心におきていることが、あまり大騒ぎをする問題ではないのだと認識し、安心を手に入れていく。

そして三つ目は、共感的応答が繰り返しなされることにより、子ども自身も共感的応答ができる力を身につけるようになるということだ。

共感的応答は、親と子の表情や情動が響き合う共鳴という現象を引き起こし、気持ちを共有し合う相互的な関係を育む出発点となる。

他者と響き合うことの楽しさを味わった子どもは、他者と関わり、体験を共有し合うことを自然に求めるようになる。

そしてそれが、相互性や共感性を育み、やがてその子自身、他者に対して共感的応答をするようになる。

しかし、共感的応答が不足した中で育った子どもは、他者に対して基本的信頼感を抱きにくいだけでなく、共感的応答をする能力が育たない。

また、自分が何を感じ、何を欲しているかを理解するという事にも困難を覚えやすい。

こうした特性は、まさに回避型の人にみられる特性でもある。

子どものころに共感的応答が豊富に与えられたか否かは、人格形成や現実への適応力に深く関わってくる。

それほど重要な要素であるにもかかわらず、少なからざる数の親が、共感的応答に失敗しているという現実がある。

自分では、子どもに”ふつうに”対応しているつもりでも、共感性が欠如した応答しかできていないという場合もある。

それ以上に悪いのは、子どもが求めているのに反応しないことである。

返事をしなかったり、子どもの方に目を向けようとしなかったり、求めていることに応えようとしないことだ。

回避型愛着スタイルと父親の影響

母親が回避型で、子どもに対する関心や反応が乏しい場合、子どもは回避型になりやすいが、意外に大きいのは父親の影響だ。

父親が子どもに無関心であったり、子どもに対して反応が乏しいという場合も、子どもはしばしば回避型の傾向を示す。

Nさんの父親は教師であった。

教えることが上手で、部活の顧問を務めるなど熱心なことで定評のある先生だった。

しかし、自宅にいるときの父親は、Nさんに対して無関心で、教育のことも母親に任せっきりだった。

家では口数も少なく、あまり自分からしゃべる方ではなかった。

機嫌がいいときは、話をすることもあるが、それに対してNさんが何か訊ねたりしても、答えが返ってくることはなかった。

父親ともっと話したいと思っても、すぐにその場からいなくなってしまうのだ。

そうした父親の反応が、子どものころから不思議で仕方がなかった。

どうして、父は自分の気持ちに応えてくれないのだろうかと思っていた。

父は一見、社交的で、外では活動的にふるまっていたが、その実、本当の友人と言える存在は一人もいなかった。

今にして思えば、父もまた自分と同じように、親密な関係が苦手で、他人と近づきすぎるのを避けていたのではないか。

話しかけても困ったような顔をして、自分の部屋に下がってしまった父親の反応の謎が、ようやく解けたように思うのだ。

母親が、乳飲み子にとって、自分の一部のような存在であるとすると、父親は最初に出会う他者だと言えるだろう。

父親の応答が共感性に満ち、父親と安定した愛着を築いていけるかどうかは、その後の他者との関係に大きく関わってくる。

フロイトがエディプス・コンプレックスと呼んだ、父親に対するライバル心や恐怖心も、父親と安定した愛着を結ぶことができれば、うまいぐあいに克服される。

しかし、父親との関係が稀薄だったり、父親が抑圧的な存在であったりすると、父親に対して抱く居心地の悪さや恐怖心が、他人に対するそれへと変化して、後々まで尾を引いてしまうのである。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著

 

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