人から嫌われると、じっさいに不利益をこうむることがあります。

意地悪をされたり、いじめられたりするかもしれません。

また、嫌われることは、相手から低く見られることですから、プライドが傷つけられます。

これらのことが、人から嫌われることをおそれさせる一つの要因になります。

しかし、じつはもっと深層の心理にこそ、その根源があるのです。

女性精神分析学者のK・ホーナイが詳細に分析したように、不快と危険が存在するこの世界で、幼い子どもは無意識のうちに安全を得ようとします。

安全を得ようとして、次のような心理が形成されます。

好かれることを求める心理

相手に好かれることで安全を得ようとする心理です。

相手に好かれていれば、相手は攻撃してこないだろう、守ってくれるであろう、ということからできあがる心理です。

実際母親は、自分が見放すことが幼い子どもにとってどんなにこわいことであるかを知っているので、「そんな子はお母さん知りません」などと言って子どもをコントロールします。

親に愛されることによって安全を得ようとする心理は、しだいに他の人一般に対して広がっていきます。

そして、なんの不利益を与えるおそれのない人に対しても、好かれることを求めてしまう心理ができあがるのです。

愛情が満たされた中で成長すると、子どもは安全を感じ、自分の価値を実感できるので、自分を維持するためにわずかの愛情しか必要としません。

逆に愛情が乏しい中で成長すると、不安から逃れ、自己価値感情の欠如を埋めるために、多くの愛情を必要とします。

このために、誰でも好かれることを求めてしまい、嫌われることを強迫的におそれてしまうようになるのです。

服従する心理

これは服従により安全を得ようとする心理です。

自分を無にして相手の言うがままになっていれば、相手は攻撃しないだろう、という心理です。

実際、養育過程で不服従はおそろしい状態をもたらすことがあります。

たとえば親にしたがわないでだだをこねる子どもは、ぶたれたり、押入に閉じ込められたり、戸外に追い出されたり、おいてきぼりにされたりします。

子どもに「素直さ」を求めることは、服従心を植え付ける結果になっている場合が少なくありません。

服従するという事は、子どもにとって自己決断の重荷を背負わなくてすむという利点もありますので、身につきやすい心理傾向なのです。

孤立を求める心理

外界がこわいなら、外界と接しなければ安全です。

こうして、できるだけ人と接しないようにする心理が形成されます。

しかし、心とは、人とぶつかり合うことで鍛錬されるものです。

孤立する人は、そのぶつかり合う機会が狭められてしまうので鍛錬されず、傷つきやすくなります。

そして、傷つくことをおそれてますます孤立するという悪循環に陥ってしまいます。

力や優秀さを示そうとする心理

力を持ったり、優れることによって、安全をはかろうとする心理を形成する人もいます。

強ければ相手は攻撃してこないだろう、優秀であれば非難されないだろう、というわけです。

この心理を強く持つと、人に対して素直になれず、つい、たてついてしまう、人の中で、つい自分の存在を誇示してしまう、競争してしまう、といった行動として現れます。

また、完全癖として現れる場合もあります。

完全癖とは、どこにも非難される余地がない状態をつくることによって安全を得たいという心理であり、人に対する不信がその背後にあるのです。

長い時間を無力な状態で過ごす私達には、好かれることを求め、嫌われることを恐れる深層の心理が多かれ少なかれ形成されます。

この心理が強迫的な傾向を帯びるか否かは、親が十分な信頼感を与えられるか否かによるのです。

次のような実験があります。

幼い子どもと母親を見知らない観察室に入れて、用事があるからと、少しのあいだ母親が観察室をでます。

このとき、母親の退出を見送り、少しするとおもちゃで遊び始める幼児と、親に抱きつき、泣きわめき、親と離れることを拒否する幼児がいます。

見かけとは逆に、親と離れることを拒否する幼児の方が、母親への信頼感が発達していないのです。

これを不安性愛着といいます。

他の人に嫌われることを過度におそれる人は、誰にでも好かれることを強迫的に求めてしまう不安性愛着の状態に陥ってしまっているのです。

※参考文献:人と接するのがつらい 人間関係の自我心理学 根本橘夫著