カウンセリング、認知行動療法、対人関係療法など、さまざまな心理技法や治療法がある。

同じ技法をもちいても、それを行なう人や、それを受け取る人によって、良くなる場合もあれば、あまり効果がなかったり、逆に悪化してしまう場合もある。

こうしたことから、本当に改善や回復に役立っているのは、治療技法そのものというよりも、関わることから生じる何か別の要素ではないのかということが久しく言われてきた。

ある研究では、重症のうつ病の患者に対して、対人関係療法、認知行動療法、抗うつ薬イミプラミン+臨床的な管理、プラセボ(偽薬)+臨床的な管理の四つの治療法がアット・ランダムに割り当てられ、十六週間の治療の後、その効果が調べられた。

すると、効果を左右するのは、どの治療法を選択したかではなく、まったく別の要素であることがわかった。

その要素とは、治療者と患者との関係の質であった。

すなわち、患者の気持ちを正確に汲みとり、どんなときも患者を肯定的にみて、居心地の良い関係を保つとき、うつが改善し良好な状態が維持されたのだ。

こうした効果は、治療法に無関係であったばかりか、患者の特性や病状の重さにも関係なく認められたのである。

この結果を報告した研究者たちは、治療者との関係の中で、患者の自己イメージや他者イメージがポジティブに変化することによって、改善効果がもたらされたのではないかと推測している。

このことの意味は、愛着という観点からみると、さらに明白となるだろう。

共感的で肯定的な応答や居心地のよい関係とは、まさに「安全基地」と呼ばれるものの特性に他ならない。

つまり、治療法が何であれ、治療が成功すると、その根底で起きていることは、治療者が安全基地となり、愛着が安定化することによって、否定的な感情や認知が、肯定的なものに変化したことによると解することができるのである。

結局、小手先の治療技法や薬物には、それほど大きな意味はなく、その人の安全基地となることが何よりも大きな治療効果をもたらしたということを、この事実は示していると言えるだろう。

実際、うつの治療がうまいくいって症状が改善するとき、その人の愛着スタイルが安定したものに変化することが、いくつかの研究によって確かめられている。

このことは、うつだけでなく、パーソナリティ障害や摂食障害、不安障害など、ほとんどすべての精神疾患について言えることである。

愛着を安定化させる安全基地

愛着を安定化させることが、生きづらさや社会不適応といった問題を改善するカギを握っているということである。

言い換えれば、問題自体を改善しようとすることよりも、まず優先すべきは、愛着の安定化であり、そうすると、自然に問題も和らぐということである。

多くの人が失敗するのは、問題自体に目を奪われ、そちらを何とかしようと血眼になるあまり、愛着はますます傷つき、ぎくしゃくして、結果的に問題がいっそうこじれる展開に陥ってしまうためである。

問題にあまり囚われず、愛着の改善に努めることが重要なのである。

その場合のポイントは、安全基地を確保することである。

安全基地が確保されると、愛着も安定化し始める。

すると、放っておいても、問題になっていた症状や行動は減っていく。

力ずくで動かそうとしてもビクともしなかったものが、自然に動き始め、肝心な方向に向かい出す。

周りの人がその人に「何かをしろ」とひと言も命じなくても、自分から行動を起こし始める。

それが安全基地のマジックである。

こちらからその人に何かをするというよりも、その人の安全基地であり続けること自体が、治療にも支援にも、もっとも役立つのである。

この点を多くの人は誤解している。

治療や支援は、改善に向けて有効な働きかけを行なうことだと思いがちだが、問題を改善しようとする余り、関係自体が悪化したのでは、逆効果なのである。

安全基地としての機能が失われてしまっては意味がない。

そうではなく、本人が今求めていることに応えていく中で、安定した関わりを維持し続けることが、愛着の安定はもちろん、本人が問題を克服したり、可能性を伸ばしていくのを助けることにも役立つのである。

もっとも、問題を指摘して改善を迫る場合もある。

安全基地とは、決して都合のいい逃げ場所を、際限なく一方的に提供することではない。

あくまで自立を前提とした支えであり、相手にもそれなりの努力と自制を求めることは必要である。

親しき仲にも礼儀ありというように、支え手も、負担や苦痛が大きくなりすぎれば、支え続けることができなくなってしまう。

それは、結局、安全基地を失わせ、状況を悪くすることにつながる。

そうならないように、信頼関係を維持する上での脅威となることは封じておく必要がある。

とはいえ、安全基地でいるためには、厳格にルールを強要しすぎるのはよくない。

それは、安全基地とは正反対の方向だ。

傷が深く愛着が不安定な人ほど、大きく受け止めてあげる必要がある。

小さなことにいちいち目くじらをたてていたのでは、安全基地には程遠い。

悪い点には寛容で、良い点に目を注ぎ、その人の気持ちに寄り添う心の大きさが求められるのである。

回避型愛着スタイルにとっての良い安全基地とは

安全基地とは、安心感を回復させてくれる存在である。

ひと言で言えば、どんなときであれ、「大丈夫だよ」と言ってくれる存在である。

その基本的なスタンスは、共感的な応答である。

相手が求めたときに、相手の気持ちに立って応えるということである。

求めているのに無視したり拒否したりすれば、それは安心感を傷つける。

また、求めてもいないのに一方的に押しつけたり、お節介な口出しをすれば、安全感や主体性を損なってしまう。

本人のペースと意思を尊重することが重要になるのである。

親子やパートナーの間で、安全基地が安全基地でなくなってしまう場合に起きやすいのは、相手を自分の思い通りにしようとすることである。

たとえわが子や配偶者であっても、独立した人格をもつ存在として尊重し、主体性を侵害しないように細心の注意を払う必要がある。

遠慮のない関係イコール、安全基地というわけではない。

相手が、仕方なく合わせているだけで、本音では嫌がったり、迷惑しているという場合もある。

「腫れ物に触るように」という言葉はネガティブな意味で使うことが多いが、むしろそれくらいの慎重さが必要である。

実際、愛着に傷を抱える人は、その傷が化膿して腫れているようなものであるから、手加減もなく触ったりして、いいわけがない。

回避型愛着スタイルの人に対する場合にも、このことは重要である。

こちらは親しみを持って、軽い冗談のつもりで言ったことでも、相手はひどく傷ついて、侮辱されたと思っているかもしれない。

善意で助言したことも、説教されたと受け取り、反発や敵意を抱いてしまうかもしれない。

自分の安全が脅かされていると、誰も心を開くことはできない。

力ずくで心を開かせようとしても無駄である。

自分の安全が守られて初めて、相手に心を開くことができる。

そこから回復のプロセスが始まる。

そして、回復がある程度進んではじめて、自分だけでなく、相手や周囲の人もまた、慰めや支えを必要としている同じ一人の人間だということを理解するようになる。

それまでは、自分の苦しさしか見えず、相手の非ばかりに苛立ちを向けてしまう。

つまり、他者への共感が生まれるのは、その人自身に共感や支えがたっぷり与えられ、その人自身の安全感が十分に回復した後なのである。

その人自身が大丈夫だと感じたとき、はじめて他者に対する思いやりを持てるようになる。

このことは、回避型愛着スタイルの人と安定した関係を築いていくにあたって、とりわけ重要である。

回避型愛着スタイルの人は、他者に対する共感や気遣いがもともと乏しい。

そのため、周囲の人は、回避型愛着スタイルの人に対して、思いやりや配慮がないと不満を抱きやすい。

支えとなろうとする人にとっても、反応が乏しい態度は、ストレスになる。

特に認められたいという思いが強い不安型愛着スタイルの人には、回避型愛着スタイルの人の反応は温かい心に欠ける、冷たい態度として映り、不満を抱くことになりやすい。

我慢していても、そのうち怒りが爆発するようになる。

「自分勝手」「何の思いやりもない」と非難の言葉を浴びせるようになる。

いったん堰が切れ始めると、些細なことですぐになじるようになる。

しかし、回避型愛着スタイルの人からすると、その非難がまったくピンとこない。

自分なりに努力しているのに、取るに足りないことで大袈裟に責められているように感じる。

なぜなら回避型愛着スタイルの人にとっては、共感や思いやりといったことは、それほど重要なことに思えないからだ。

口先で「気をつける」と反省したとしても、行動が改まることは難しい。

心の底から、そのことの重要性に気づくわけではないし、共感や配慮を急にもてるようになるわけでもないからだ。

そのため、前と同じように無関心で思いやりの乏しい態度を見せてしまう。

すると、ある種のアレルギー状態となった不安型愛着スタイルのパートナーや身内は、即座に過剰反応して、不機嫌な態度や激しい口撃で応じるようになる。

こうして、回避型愛着スタイルと不安型愛着スタイルの組み合わせ(カップルが典型だが、それ以外の関係でも多い)の不幸な関係が生まれる。

不安型愛着スタイルのパートナーが、関心や愛情の証を求めようとして、回避型愛着スタイルの相手を責めれば責めるほど、相手は、ますます安全感を脅かされ、心を閉ざし、もっと距離をとることで自分を保とうとする。

親密さとは逆の方向に、どんどん遠ざかっていくのである。

回避型愛着スタイルの人にとって、安全基地でなくなった不安型愛着スタイルのパートナーは、苦痛の種でしかなくなる。

そして最悪の場合、関係自体が終わってしまうのである。

沈黙を無視と受け取らない

そうした不幸な悪循環を避け、回避型愛着スタイルの人と良い関係を築いていくためには、まず、回避型愛着スタイルの人の特性を常に念頭におく必要がある。

回避型愛着スタイルの人は、苦しい時ほど、関わりを避けようとする。

素直に苦しさを表現したり、甘えたりできないからだ。

だから逆に心を閉ざしてしまう。

黙り込んだり、素っ気ない態度に出たとしても、それは、悪気があってそうしているわけではないのだ。

「また黙り込んで」とか「何も言ってくれない」と責めたりすれば、ますます安全基地でなくなってしまう。

「何も言わなくていいよ」と言うのもいいし、その人が感じているであろうことを汲みとって、「もしかして、~と思っているのかな」と訊ねてみるのも一つだろう。

そして、反応を見る。

しかし、答えてくれるかどうかにはこだわらない。

「そんなんじゃない」と否定すれば「じゃあ、どんなふうに思っているの?」と聞けばいい。

ただし、問いつめてはいけない。

答えない自由を保証することが、話してもらうこと以上に大事である。

大原則は、相手の領域を脅かさず、共感的で肯定的な応答に努めることである。

そのために、まず大事なのは、相手をなじったり責めたりしないことである。

相手のペースや関心に合わさねばならない。

そうしているうちに、しだいに自分から心を開くようになる。

沈黙も、それでいいのだと受け止め、気長に待つことである。

本当に安心できたときには、なんでも話せるようになる。

話せないとしたら、まだその準備が整っていないのだ。

そうして安全基地となる努力をし、互いの関係を良好で安定したものに変えていくことで、回避型愛着スタイルの人は元気づく。

対人関係が改善し、仕事や勉強で成果が挙がりやすくなるだけでなく、支えてくれた存在への思いやりや感謝の念を生むことにもつながる。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著