傷口にいきなり触れてしまう母親

大学院に通うニ十三歳の女性・恭佳さん(仮名)が、うつ状態や自傷を繰り返し、不安定になっていると、母親から相談があった。

愛着障害の恭佳さんはとても頑張り屋で、成績もよく、スポーツでも高校まで優秀な選手だったという。

母親自身そのスポーツを長年やっており、勉強よりも、そちらの指導になると、つい熱が入ったという。

愛着障害の恭佳さんにはそうして鍛えたガッツもそなわっていたので、少々のことがあっても、跳ね除けて生き抜いてくれると信じていた。

それだけに、娘の最近の状態は、母親には理解できず、ショックだったようだ。

だが、母親が気付いていなかっただけで、愛着障害の恭佳さんの心は、だいぶ以前から悲鳴を上げていたようだ。

その後、本人も通ってくるようになってわかったことだが、高校生の後半ごろから、過食しては嘔吐することをひそかにするようになっていたのだ。

また、友人関係がうまくいかないことでも悩むことが多かった。

愛着障害の彼女の方が、すごく気を遣っているのに、相手からぞんざいな反応しか返ってこなかったりすると、ひどく傷ついてしまうのだ。

愛着障害の恭佳さんは高校の時も大学の時も、友人関係でつらくなり、学校をやめたいと思っていたこともあった。

しかし、愛着障害の恭佳さんが少しでも不満を言うと、母親の方がイライラして、こちらが悪いように責めてきたり、勝手な助言ばかりしてきてうるさいので、次第に本音は言わなくなっていたのだ。

母親は愛着障害の娘の現実に向き合うよりも、自分が期待する、勉強もスポーツもこなし、すべて順調な理想の娘だけを求めてしまっていたのである。

愛着障害の娘は、困っても愚痴をこぼすこともできず、安全基地として機能しなくなっていた。

そういう中で、勉強でもスポーツでも頑張って成果を出さないといけないというプレッシャーが、次第に彼女のバランスをおかしくしていったのである。

周囲の顔色に敏感で、気ばかり遣ってしまう点は、不安定愛着の特徴だといえるが、母親に支配され、母親の意向に逆らえずに育ってきたことがその傾向を強めてきたと思われる。

不安型の愛着の愛着障害が、対人関係を行き詰まらせる要因にもなっていた。

恭佳さんの愛着障害の改善のためには、母親が安全基地としての役割を取り戻すことが必要であった。

幸い、母親は何とかしたいとの思いを抱き、自ら助けを求めてきている。

こうしたケースは、最も改善しやすいといえる。

そこで、母親を担当したカウンセラーは、まず愛着障害の恭佳さんと何気ない会話ややり取りをするところから始めてもらうことにした。

それまで母親は、口を開くと、いちばん気になっている問題につい触れてしまうという過ちを繰り返していた。

というのも、母親にとっては、そのことが解決すべき一番の問題であり、愛着障害の娘の問題に向き合うのが当然だと考えていたからだ。

しかし、それは手をケガしている人を助けるのに、わざわざケガをしているところを掴もうとするようなもので、相手からすると非常識もいいところだ。

そんな人を信頼して、助けを求めようとは思わないだろう。

母親は問題解決を急ぐあまり、愛着障害の本人の痛みやつらさというものを受け止めることを怠ってしまうのだ。

そこからまず変えていく必要があった。

染み付いたクセというものは、そう簡単に修正できるものではないが、カウンセリングのたびに、母親自身も自分の苦しさを受け止められる体験をする中で、徐々に自分の気持ちではなく、愛着障害の娘の気持ちに合わせて、話ができるようになった。

「不満や愚痴が受け止められない」

最初のハードルがクリアされると、愛着障害の娘はよく母親に話してくれるようになった。

以前は良いことしか言わなかったのに、困っていることや悩んでいることも話すようになったのだ。

ところが、ここで次の問題が出てきた。

中立的な内容の雑談をしているうちは、母親も力の抜けた、良いかかわりをすることができるようになっていたのだが、愛着障害の恭佳さんが本音で話すようになると、「愚痴や不満ばかり聞かされる」という気持ちになり、ついイライラして、指導や助言をしてしまうことが増えてしまったのだ。

母親には、問題があるとすぐにじぶんなりの解決や答えを出して、排除してしまいたくなるところがあるようだった。

つまり、問題を抱えていられないのだ。

本人が問題に対して、ああでもない、こうでもないと悩んでいる過程に、付き合うことができないのだ。

担当したカウンセラーは、母親に、「お母さんが答えを出さないでください。恭佳さんが自分で答えを出すのに、じっくり付き合ってください。

そのために必要なのは、お母さんの発言は控えて、本人の話をとことん聞いてあげることです」と繰り返し伝えた。

と同時に、母親として愛着障害の娘のことを思う気持ち、それゆえに、焦ってしまう気持ちも丁寧に受け止めた。

さらには、そんなふうに答えを急いでしまう背景を、母親自身の親との関係にまで遡って、紐解いていった。

母親自身が、自分の気持ちよりも、結果だけで評価されて育った人だったのだ。

そのようにして、母親自身も受容される体験を積み、安全基地となる存在を体感することで、愛着障害の娘に対しても、次第に安全基地としてふるまえるようになっていった。

母親のかかわり方が変わっていくとともに、愛着障害の恭佳さんの状態は落ち着いていった。

愛着障害の本人も自らカウンセリングに通うようになり、心の荷物を整理していく中で、大学院での人間関係にも、前ほど敏感でなくなっていった。

愛着障害の恭佳さんは卒業、就職という難局が続いたが、それも、安全基地機能が高まったことで、うまく乗り越えられた。

愛着障害だった恭佳さんはいずれの症状も今はまったくなくなり、元気に勤めている。

この母親のように、かかわり方の癖というものは、一朝一夕で治せるものではないが、自覚するとともに、たゆまぬ努力を続けることで、変えていくことができる。

その場合に、とても重要なのは、その人自身が安全基地となる存在に受け止められることを体験することである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著