子どもの頃から、安全基地となってくれる親や身近な存在に恵まれた人は、それを自然に身につけることができる。

だが、そうした機会に恵まれなかった人は、安全基地となる能力に長けた人からサポートを受ける中でしか、安全基地になることはなかなか身につきにくいことなのである。

だが、誰もがそういう機会に恵まれるわけではない。

そうしたサポートが受けられない人も、自分なりに努力して安全基地としての働きを取り戻そうとするとき、まずどういうことが必要で、何を心がければ良いのかということがわかっていなければ、努力のしようもないだろう。

安全基地とは

そこで、安全基地となるための条件について、まず頭に入れておいて欲しい基本の部分について述べたい。

単なる知識に終わるのではなく、少しでも実践に役立つように、応用の利きやすい基本原則という形でまとめる。

いずれもシンプルな原則であるが、現場で実際に使える鍛え抜かれた経験知であり、実際に経験を積めば積むほど、その大切さがわかることだろう。

安全感を脅かさず、安心できる関係を目指す

安全基地になるとは、その人にとっての安心感の拠り所となることである。

当然のことだが、そこで最優先なことは、本人の安全感を脅かさないことである。

本人は傷ついて、避難場所を必要としているのである。

まず必要なのは、非難や批判、評価をすることなく、ありのままの状態を受け入れることである。

傷ついているのに、責められたリ、問い詰められたリ、考えたくもないことを考えさせられたりすれば、ここにも居場所がないと思ってしまうだろう。

まずは、安心して休みながら、傷を癒せる場所となることが求められる。

安全基地がうまく機能すれば、休みが必要な間は、ゆっくり休養をとり、傷ついた思いが癒されて元気を回復すれば、また本来の活動へと戻る。

安全基地の効果

別に出て行けと言わなくても、自分から行動を再開する。

失敗したことを責めたり、求められてもいないことに意見をしたりするのは、本人を余計に痛めつけ、回復を邪魔することにしかならない。

しかし、この基本中の基本さえも、実際に行動するとなると、そう簡単なことではない。

少なくない人が、自覚しないままに、本人の安全感を脅かす行動や発言をしてしまうのである。

その一つが、本人が今いちばん話したくないことを、心配のあまり聞いてしまうことだ。

たとえば、学校や会社のことで悩んでいる人に接する場合、むやみに学校はどうだ、会社はどうだと、根掘り葉掘り質問することは、傷口に塩をすり込むようなものである。

今は触れられたくないことをずけずけ聞かれても、助けになるどころか、余計落ち込むばかりである

そういうことを、いきなり聞いてくる人に、気持ちを開こうという気にはなりにくい。

こうした状況では、まず本人にとってさして重要でない、たわいもない話をすることから始める。

それさえもしんどそうなら、黙って一緒にいるだけでもいい。

無理に話しかけないことも大事なのである。

何気ないいたわりを見せて、ゆっくりできるように配慮することで、安全感が守られる。

自分のペースでいていいのだと思えることがポイントである。

そうして十分に安心感がもてるようになると、何かの拍子に自分から話し出すものである。

それをじっくり待つ。

安全基地になる原則で大事なこと

こちらのタイミングではなく、本人のタイミングが大事なのである

そして、何かを言ったときには、そのことをしっかりと受け止めて、それに対して丁寧に応えていく。

悪いパターンは、こちらが言いたいことを言っているときには、相手が求めてもいないことを一方的にしゃべりすぎるのに、ようやく本人が自分の気持ちを話し出したときに、ろくに聞きもせずに、せっかくのチャンスを逃してしまうということだ。

ひどい時には、チャンスを逃したことにも気づいていない。

なぜそんなことが起きるのかというと、自分の考えや視点しか見えていないので、せっかく本人が言ったことを、頭がキャッチできないのだ。

ことに自分の期待していることと違うことだったりすると、何も聞こえていないような反応になったりする。

そうなると本人は、「せっかく言ったのに、それには何も応えてもらえない」という気持ちになる。

「この人とは話をするだけ無駄だ」ということになってしまう。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著