人生とはなにか?

人は何のために生きるのか?

ある人からこの質問を向けられた時、アドラーの答えは「一般的な人生の意味はない」というものでした。

たとえば戦禍や天災のように、われわれの住む世界には、理不尽な出来事が隣り合わせで存在しています。

戦禍に巻き込まれて命を落とした子供たちを前に、「人生の意味」など語れるはずもありません。

つまり、人生には一般論として語れるような意味は存在しないのです。

しかし、そうした不条理なる悲劇を前にしながら、何も行動を起こさないのは、起きてしまった悲劇を肯定しているのと同じでしょう。

どんな状況であれ、われわれはなんらかの行動を起こさねばなりません。

カントのいう傾向性に立ち向かわなければなりません。

では仮に、大きな天災に見舞われた時、原因論的に「どうしてこんなことになったのか?」と過去を振り返ることに、どれだけの意味があるでしょうか?

われわれは困難に見舞われた時にこそ前を見て「これからなにができるのか?」を考えるべきなのです。

そこでアドラーは「一般的な人生の意味はない」と語った後、こう続けています。「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と。

哲人の祖父は戦時中、焼夷弾によって顔面に大やけどを負いました。

これはどこまでも理不尽で、非人道的な災いです。

もちろんここで「世界はひどいところだ」「人々は私の敵だ」というライフスタイルを選ぶことも可能だったでしょう。

しかし、通院のために祖父が電車に乗ると、他の乗客が毎回のように席を譲ってくれたそうです。

わたしは母を通じてこの話を聞いたので、実際の祖父がどう思っていたのかはわかりません。

でも、哲人は信じています。

祖父は「人々は仲間であり、世界はすばらしいところだ」というライフスタイルを選択したことを。

アドラーのいう「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」とは、まさにそういうことです。

人生一般には意味などない。

しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる。

あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけなのだ、と。

あなたはご自身の人生に迷っておられる。

なぜ迷っているか。

それはあなたが「自由」を選ぼうとしているからです。

すなわち、他者から嫌われることを怖れず、他者の人生を生きない、自分だけの道を。

人が自由を選ぼうとした時、道に迷うことは当然あるでしょう。

そこでアドラー心理学では、自由なる人生の大きな指針として「導きの星」というものを掲げます。

旅人が北極星を頼りに旅するように、われわれの人生にも「導きの星」が必要になる。

それがアドラー心理学の考え方です。

この指針さえ見失わなければいいのだ、こちらの方向に向かって進んでいれば幸福があるのだ、という巨大な理想になります。

その星はどこにあるのか?
それは「他者貢献」です。

あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、何をしてもいい。

嫌われる人には嫌われ、自由に生きて構わない。

そして、刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きましょう。

過去も見ないし、未来も見ない。

完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。

誰かと競争する必要もなく、目的地もいりません。

踊っていれば、どこかにたどり着くでしょう。

エネルゲイア的な人生とは、そういうことです。

自身、これまでの人生をどう振り返っても、なぜ自分が「いま、ここ」にいるのか、うまく説明が付きません。

ギリシア哲学を学んでいたつもりが、いつの間にかアドラー心理学を並行して学び、こうしてあなたというかけがえのない友人と話し込んでいる。

刹那を踊ってきた結果だというほかない話です。

あなたにとっての人生の意味は、「いま、ここ」を真剣に踊り切ったときにこそ、明らかになるでしょう。

哲人は長年アドラーの思想と共に生きてきて、ひとつ気が付いたことがあります。

それは「ひとりの力は大きい」、いや「わたしの力は計り知れないほどに大きい」ということです。

つまり、「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。

世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない、ということです。

アドラー心理学を知った哲人の目に映る世界は、もはやかつての世界ではありません。

これは長年近視だった人が初めて眼鏡をかけたときの衝撃と似ています。

不鮮明だった世界の輪郭が明らかになり、その色までも鮮やかになる。

しかも視界の一部がクリアになるのではなく、見る世界のすべてがクリアになる。

わたしはあなたが同じような体験をしてくれたらどんなに幸せだろうと思います。

もう一度、アドラーの言葉を贈りましょう。

「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには「導きの星」、他者貢献を見失わないことです。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著