”恨みを持って死ぬか、優しい気持ちで死ぬかはあなた次第”

自分の存在が「固有な存在」と感じられないから、いつも不満でぶつぶつ文句を言っている人がいる。

逆に、「固有な存在」としての自分を感じ、自分の気質を大切にして生きている人がいる。

つまり、「人はそれぞれ違う」と体で分かっている人は、今述べたような状況の時、それを幸せと感じられる。

人はそれぞれ違うと体で分かっている人は、自分が楽しいと感じることを自分から選んでいる。

人と同じことをしても楽しくはない、と知っているからである。

人はそれぞれ違うと体で分かっていない人は、簡単に言えば自分が無くて、他人と自分を比較して不満になっている。

お受験での話である。
子どもが慶應に受かり、学習院に落ちて泣いているお母さんがいる。
逆に学習院に受かり、慶應に落ちて泣いているお母さんがいる。

子どもが学習院に落ちて泣いているお母さんは、幼い頃の何かの屈辱を、子どもを学習院に入れることで晴らそうとしていたのかもしれない。

子どもが慶應に落ちて泣いているお母さんは、恨みのある親戚に勝つためには子どもを慶應に入れる必要があったのかもしれない。

これらのお母さんには、他人に対する憎しみがあり、どうしても「そうでなければならなかった」のだろう。

人間は、自分で自分を苦しめている。

恨みを持って死ぬか、やさしい気持ちで死ぬかはあなたが選択することである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著