情緒が痛みの知覚を左右する

”情緒が痛みの知覚を左右する”

人は、同じ怪我をすれば、同じように痛いと思っている。
子供に同じ注射をすれば、子供は同じように痛いと思っている。

しかし、それは違う。

母なるものを持った母親の子どもと、母なるものを持たない母親の子どもとでは、同じ注射をしても子供の痛みは違う。

ハーヴァード大学の麻酔科医ビーチャーの第二次世界大戦中の観察記録による調査が「痛みの心理学」に紹介されている。

負傷して前線から送り返されてきた戦士百五十名を対象に、痛みの程度と、鎮痛剤注射が必要かどうかを尋ねた。

すると、「大部分がかなりの重傷を負っていたにもかかわらず、鎮痛剤の注射が必要だと答えた人は約二十%」だった。

終戦後、類似の外傷で一般市民病院に入院した男性患者百五十名を対象に、同様の質問をした。
必要と答えた人は約五十五%であった。

戦士の場合には安全感と解放感があった。
「戦士を免れ、いま病院へ運ばれる安心感。
喜び。
生きているという実感」。
おそらくここでエンドルフィンがでたのであろう。

認知や情緒が痛みの知覚を大きく左右するといわれる。
よく「医者に行くと痛みを忘れる」という。
そこで安心したからである。

不安な子供は、予防接種のときに注射の針を見ないで怖がる。
注射をされれば「痛い!」と泣くかもしれない。
これを見て、中には「弱虫」と言う母親もいる。
しかし、これを弱虫と言ってはかわいそうである。

「弱虫」と言う母親は、同じ刺激が同じ反応を示すという理工学的世界にいて、人間の世界にいない母親である。

不安な子の方が実際に痛い。

実際は痛み止めではない薬を「痛み止めの薬だ」と言って飲ませ、それが効いたとする。
それを鎮痛効果のプラシーボ(偽薬)の反応という。

そして、鎮痛効果のプラシーボの反応群と無反応群に分ける。
モルヒネの効果を阻害するナロキソンを投与する。
無反応群では何の知覚の変化もない。
しかし、反応群では痛覚が増大したという。

ということは、鎮痛薬でないものを鎮痛薬と信じることで安心感を持ち、そこからエンドルフィンが出たということである。
ナロキソンはモルヒネの効果を阻害するものであるから、ナロキソンの効果があったということは、痛み止めではない薬でモルヒネのような効果が出ていたということである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著

 

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