人生を左右する「愛着障害」の問題

人が抱える悩みはさまざまである。

うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症、過食、気分の波、不注意、育児の悩み、恋愛問題、不倫、離婚、非婚、セックスレス、DVや夫婦関係の悩み、心の傷、子どもの不登校、引きこもり、発達の課題、社交不安障害、対人恐怖症、非行・・・。

ところが、これらすべてに共通する原因となり得る問題として、その関連が指摘されているものがある。

それが「愛着障害」である。

愛着とは、母親との関係によって、その基礎が作られる絆だが、それは他の人との関係に適用され、また修正されていく。

愛着は対人関係の土台となるだけでなく、安心感の土台となって、その人を守っている。

愛着というメカニズムの正体は、オキシトシンというホルモンによって支えられた仕組みである。

オキシトシンは、脳の中では神経伝達物質のように働いている。

安定した愛着は安心感を高め、人とのふれあいに喜びを生み出すため、育児や夫婦関係のような親密なかかわりを維持するとともに、幸福と社会性の源ともなっている。

愛着が安定している人は、他の点で不利なことがあっても、それをはねのけて、幸福や安定した生活を手に入れやすい。

しかし、不幸にして不安定な愛着しか育めなかった人は、安心感においても、対人関係や社会適応においても、生きづらさを抱えやすい。

あなた自身が生きづらさを抱えている場合はもちろん、あなたが周囲の人との関係で苦しさや悩みを感じているという場合、そこには愛着障害の問題が、しばしばひそんでいる。

愛着は、後天的に身に付けたものであるにもかかわらず、まるで生まれ持った遺伝子のように、その人の行動や情緒的な反応、ストレスへの耐性など、人格の重要な部分を左右し、結果的に人生さえも左右する。

ただ、幸いなことに、遺伝子とは違って、愛着は、ある程度可塑性をもつ。

成人した後でさえ、不安定だった愛着が安定したものに変化することもあるし、その逆の場合もある。

愛着が、幸福や社会適応に極めて重要だとすると、愛着が安定したものとなることは、人生を幸運なものにも不運なものにもする重大な決定要因だと言える。

絶対絶命のピンチから生まれた逆転の手法―医療少年院での経験から

ある医師は、医療少年院での二十年にわたる臨床の中で、愛着というものの働きの重要性に改めて気づかされた。

医療少年院に連れてこられた子どもたちは、大部分が深刻な愛着障害を抱えていたのだが、治療や回復を困難にする原因も、まさにその点だったからである。

しかし、非常に回復が困難なケースの中でも、ときに劇的な改善が見られ、立ち直っていくケースもあった。

それらのケースでは何が起きているか。

そこに回復のヒントがあるのではないか―。

それは、傷つき、きわめて不安定になった愛着が、どのように安定を回復することができるのかという疑問への答えを探すことでもあった。

その中で確信するようになったのが愛着障害の改善こそが、根本的な問題の改善にかかわる最も重要な回復因子だということである。

そして、医療少年院に連れてこられるような悲惨な境遇―家庭の崩壊、虐待、病気、発達の障害、薬物依存など、いくつもの悪条件が重なったケース―でも、愛着が安定する方向にうまく働きかけることができると、改善と立ち直りのチャンスが生まれるということであった。

冒頭に羅列した、われわれを取り巻く悩みの数々を、もう一度思い出してほしい。

うつや気分の障害、不安障害、さまざまな依存症、発達の問題、対人関係の問題、結婚や夫婦関係の悩み、社交不安障害、対人恐怖症、引きこもりなど、現代社会にあふれる精神的な悩みの多くに、愛着の問題が関係しているという事実。

これらの多くは、薬による治療ではうまくいかない問題でもあり、多くの人を悩ませ、専門家でさえも手を焼いている難題ばかりだと言える。

医療少年院で医師が出会ったような、きわめて症状が複雑で、通常の治療では回復困難なケースも、愛着障害の部分に働きかけることによって改善できるとしたら、社会にあふれているもっと一般的なケース、もう少し軽症で、境遇もそれほど悲惨ではなく、利用できる社会資源にも恵まれているケースでは、愛着障害の部分にアプローチすることによって、もっと容易に、大きな改善や根本的な回復が得られるのではないのか。

「愛着アプローチ」と呼ぶ方法が生まれたのは、そうした経緯からであった。

「愛着アプローチ」による劇的な回復

とはいえ最初は、この愛着アプローチにそこまで大きな期待があったわけではない。

特殊な施設内でのケースと一般社会でのケースという、セッティングの違いもある。

同じ原理がすっかりそのまま当てはまらないのではという危惧もあった。

それゆえ当初は、従来の医学モデルに沿った治療をするケースと、愛着障害へのアプローチを行うケースが併存することになった。

ところが、時間が経つにつれてわかったことは、医学モデルに沿った通常の治療をするケースよりも、愛着障害に焦点化した対応をしたケースの方が、ずっと改善が良いということだった。

その顕著な違いは、境界性パーソナリティ障害の治療において見られた。

本人を医学モデルに沿って診察し、治療する場合と、本人の診察よりも、家族への働きかけを中心におこなったケースとを比べると、後者の方が改善が良いという傾向が見られたのである。

本人をどれだけ診たかよりも、家族をどれだけ診て、どれだけ働きかけをおこなったかの方が、改善に重要だったのである。

そうしたことを踏まえ、今では、とくに愛着障害に深刻な課題が認められるケースでは、愛着障害にフォーカスしたアプローチを一層重視するようになっており、また提携しているカウンセリングセンターのカウンセラーと連携し、本人のみならず家族への働きかけを、十分時間をかけておこなうようにしている。

これまで医学モデルによるアプローチをおこなってきたものの、壁にぶつかってしまったケースでも、愛着障害という観点からもう一度見直し、アプローチし直すことで、ブレークスルーが起きるということも数多く経験している。

愛着障害の克服は人を脅威や不安から守り、幸福や健康を保証する

愛着障害の問題は、特別な患者さんの問題というよりも、今や一般人口の何割かが抱えている問題であり、親や子ども、夫婦の関係を考えていく際に、必ずかかわってくるハードルだからである。

愛着障害の克服は、人を脅威や不安から守り、安心と幸福を保証するための仕組みである。

絶えず不安や脅威を感じていて、あまり幸福でないと思っている人も、また、人生を今よりもっと喜びや幸福に満ちたものとしたいと思っている人も、愛着障害の克服という不思議な仕組みについて知り、そしてそれを活性化し、安定化するための方法を学ぶことは、実は世の中のどんな知識にも増して重要なことに思える。

ご自身の問題を乗り越えていく場合にも、また、ぎくしゃくした関係にある家族や、付き合いにくいと感じている存在とうまくやっていくためにも、愛着障害を克服したり、その傷を修復するアプローチについて学ぶことは、指針やヒントになるはずである。

本サイトで述べた方法は、机上の理論ではなく、実際に生きるか死ぬかの状況にまで追い詰められたケースを、窮地から救い出し、見事な回復を遂げさせるのに役立ってきたものである。

それは、単なる知識というよりも、技術や極意のようなものであり、頭で知っただけではすぐに実践できるものではない。

例えていうならば、飛行機の操縦について書かれた教科書だと思っていただければよい。

知識として知るだけでは、いくら頭で知っていても、上手に操縦することはできない。

しかし、知識がなくては話にならない。

さらに知識に加えて、練習を積んでいく必要がある。

本サイトを何度も読み返し、実際の場面に生かそうとする中で、少しずつ体得されるに違いない。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著