高校二年生の男子生徒が強迫症状や不安症状のため勉強や学校生活に支障が出ていると受診してきた。

この愛着障害の男子生徒の強迫症状は、正確さにこだわってしまうというもので、文章を読んでいても、特定の語句の意味が曖昧にしかわからないと、そのことが気になって次に進めなくなってしまうのだ。

愛着障害の男子生徒は形容詞や副詞が、どの言葉を修飾しているのかといった文法的な構造が気になり出すと、そちらにばかり気がいってしまい、肝心な意味が頭に入ってこなくなる。

問題を解いている途中でも、問題に関係のない言葉の意味や、文法的な構造が気になり出すと、解答がストップしてしまう。

愛着障害の男子生徒はレポートを書くにも、どうでもいような些末なことが気になって、たとえば助詞の使い方を「が」にすべきか「は」にすべきかといったことで悩んでしまう。

愛着障害の男子生徒は適当にすればいいと言われるが、その「適当に」ができないのだ。

愛着障害の男子生徒はこうした症状のために、勉強すること自体が怖くなり、手につかなくなってしまう。

テストの勉強もレポートの提出も滞ってしまう。

愛着障害の男子生徒の適当にできない傾向は、友人とのコミュニケーションでも見られた。

愛着障害の彼は、友達とバンドを組んでいたが、友達にかける言葉の一言一言についても、相手の反応が少し悪かったりすると、何か変なことを言ってしまったのではないのか、怒らせてしまったのではないかと気になって、そのことばかりを考え続けてしまう。

愛着障害の男子生徒は変なことを言ってしまうのではないかという不安のために、言葉を選びすぎて、何も言えないで終わることも多い。

愛着障害の男子生徒は自分に自信がなく、どうせ自分はよく思われていないといった否定的な発言も多い。

愛着障害の男子生徒は学業だけでなく、楽しいはずのバンド活動まで最近は負担になり、楽しめなくなっていた。

学校を休むことも増えていたのである。

行動療法も薬物療法も効果は乏しく

強迫性障害は、しないでいいと分かっていることをしないといられない強迫症状や、考えても仕方がないとわかっていることを考えてしまう強迫観念を特徴とする精神疾患である。

強迫症状のため、あたりまえの日常の行動にも長い時間がかかり、生活に支障を来すことも多い。

この愛着障害の男子生徒のケースの場合は、考えなくてもいいとわかっていることを考え続けてしまう強迫観念が強い状態だといえる。

強迫性障害のうち、たとえば外出のときに鍵やガスの元栓を何度も確認しないと気が済まないといった確認強迫や、手を何度も洗わないといられないといった洗浄強迫など、比較的単純な強迫行為が中心の場合は、治療への反応も良く、改善しやすいといわれる。

それに対して、強迫観念のケースや、いくつもの症状が交じり合っているようなケースでは、一般に治療が難しいとされる。

薬物療法も行動療法も効果が出にくいのだ。

この愛着障害の男子生徒のケースの最初の印象は、だいぶ手ごわそうだなということであった。

しかし、この愛着障害の男子生徒のケースに出会った三年前の時点では、「強迫性障害は、愛着とは無関係な、純粋な精神疾患である」という思い込みがあった。

実際、今日でも同じだが、強迫性障害の治療といえば、行動療法と薬物療法が定番であり、それ以外に有効な方法はないというのが「常識」であった。

したがって担当医も、医学モデルに則って、「強迫性障害」という診断のもと、定番の治療を開始したのである。

すると幾分良くなりはしたものの、すっきりというのには程遠く、毎回来るたびに、同じ症状を愛着障害の男子生徒は訴え続けた。

医師にできることといえば、ただそれを聞くだけであった。

しかし、後から考えれば、彼が自分の症状や苦しさをありのままに言える場は、担当医といるときだけだったので、話を聞くことには、意味があったのだろう。

母親の申し出が生んだ、思わぬ成果

ただ、そのうち何度か母親がやってきて、愛着障害の息子の病状について尋ねてくるという機会があった。

最近の状態について説明しながら、ついでに他の話もする中で、母親は自分や家族の状況を話し始めた。

夫婦仲、つまり愛着障害の彼からすると父親と母親の関係があまり良くなく、以前から衝突することが多いこと。

そのことで母親自身、結婚したことを後悔することも多いこと。

父親は愛着障害の本人が高校受験に失敗して以来、愛着障害の本人のことを否定的にしかみていないこと。

また、姉がいるが、弟に対するライバル心が強く、顔を見ると愛着障害の本人を傷つけるようなことばかりを言うこと、などを話してくれたのである。

そして、こちらからお願いしたというよりも、母親自身が、カウンセリングを受けたいと自分から希望されたのである。

その当時、医師の中にはそういう治療オプションはそれまでなかった。

「強迫性障害は、薬物療法と行動療法」という、医学モデルに基づく治療の選択肢しか想定していなかったのである。

医師も半信半疑で、お母さん自身が苦しんでいるなら、お母さんのためにもなるかもしれないというくらいの気持ちで「では、やってみますか」と、カウンセラーを紹介したのだった。

ところが、それが思わぬ成果を生むことになる。

紹介したカウンセラーが良かったのか、母親は定期的にカウンセリングに通い、愛着障害の息子のことはもちろん、自分自身や夫とのことも相談するようになった。

すると不思議なことに、愛着障害の高校生の息子の状態が、明らかに良くなり始めたのだ。

母親の愛着障害の本人に対する理解が深まり、本人への接し方が、以前のように厳しいものではなく、愛着障害の本人の現状を受け入れたものに変化したということもあるだろうが、父親もカウンセリングに訪れたことをきっかけに、愛着障害の本人に対する否定的な態度を改めていったのである。

家庭内の空気が、緊張したものから和やかなものに変わり、母親の表情も明るく変化した。

愛着障害だった男子生徒は来た当初は大学への進学など夢物語の感があったが、一年半後、大学に進むと、むしろ生き生きと大学生活を楽しむようになった。

そして、医学モデルでは説明の難しいことだが、強迫症状もまったくなくなって、スムーズに生活できるようになったのである。

愛着障害の驚いた回復ぶり

この愛着障害の男子学生のケースの場合には、医師自身の頭が「医学モデル」にしばられていたため、愛着とは無関係な症状として、医学モデルによる治療を優先してしまったわけだ。

もう少し「愛着」という観点で、注意深く家族との関係を扱っていれば、最初の段階から愛着の問題があったことに気づけたかもしれない。

母親はきっちりとした方だったが、仕事をもっておられ、愛着障害の息子へのかかわりも、優しくゆったりというわけにはいかず、効率主義になってしまっていたようだ。

おまけに父親は子育てに無関心で、まったくかかわろうとせず、息子ががんばれなくなると、見捨てた態度をとったのである。

しかも愛着障害の本人は姉からも絶えず攻撃され、家庭に安全基地がない状態で過ごしていたに違いない。

母親との愛着がやや希薄で、回避型の傾向をもっていた上に、否定的な父や姉の攻撃にさらされ、他人の評価に敏感な不安型の要素も加わり「恐れ・回避型」と呼ばれる、とても傷つきやすいがゆえに殻にこもろうとする愛着タイプを示すようになっていたと思われる。

その結果、愛着障害の男子生徒は、家の外でも、他の子とうまくなじむことができず、気を遣うばかりで、気楽な関係が築けなくなっていた。

強迫症状は、どこにも安心感のない状況を反映したものであり、不安感を紛らわすための補償行為だったといえるかもしれない。

結果的に見れば、愛着障害の息子の苦しむさまを見た母親が何とかしようと動いたことで、これまで放置されていた問題に手当てがなされ、家族の関係さえも良い方向に変化したのである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著