虐待、非行についての再理解

愛着についての理解は、次第に深められていったのであるが、愛着や愛着障害への関心が、非常に大きくなった一つの背景として、虐待の問題が社会的にクローズアップされるようになってきたことがある。

アメリカでは、家庭の崩壊とともに、養育放棄や虐待の問題が深刻化し、1980年に出たアメリカ精神医学会の診断基準DSM-Ⅲ以降、「反応性愛着障害」という診断名が使われるようになり、次第に愛着障害という名称が知られるようになった。

しかし、まだ特別な家庭の不幸なケースという感があった。

それが、この20~30年の間に、身近な問題となってくると同時に、境界性パーソナリティ障害や摂食障害、依存症などの問題が急増し、そのベースに愛着の問題が指摘されるようになったのである。

それらの患者は、程度の差はあるものの、ネグレクトや虐待を受けたケースだともいえる側面をもっていた。

虐待ケースに対しては、愛着の修復を目指した治療も試みられるようになっているが、すでに実践され、最も成果が認められてきた方法は、虐待する親から子どもを引き離し、養育能力のある里親や養父母に育ててもらうということであった。

愛着の傷を負った子どもたちが、安定した絆を結び直すことは容易ではないのだが、早くに安定した里親や養父母のもとに委ねられた子どもでは、愛着障害の状態を脱し、その予後も良好だったのである。

施設で育ったケースでも、職員の献身的な努力によって、安定した愛着を育み、良好な社会適応を示すケースも少なくない。

だが、その一方で、里親や養父母のもとに委ねられる時期が遅かったケースや、里親や養父母の側にも愛着形成を妨げる要因があるようなケースでは、関係が作れないままに終わってしまうことも多い。

施設の場合に、しばしば愛着にダメージを与えるのは、懐いていた職員の異動や退職である。

子どもには、自分のことを特別に思ってくれて、守ってくれる特定の存在が必要なのであるが、施設では一人の職員が複数の子どもを担当することになるので、子どもの出入りによっても、安全基地を奪われるという事態が起きる。

もう一つ、昔から愛着障害がベースにある状態で、身近な問題であり続けてきたのは、非行のケースである。

非行少年の半数以上が身体的虐待を受けているともいわれるが、ほとんどのケースが愛着障害を抱えている。

非行少年の場合、ADHDやLD(学習障害)など、発達面での課題を抱えていることも多いが、それが養育者の虐待や教師の否定的反応を引き起こし、愛着障害をさらにこじらせる要因ともなる。

ADHDなどの発達面での課題については、愛着障害が悪化要因になることも知られており、養育環境に恵まれていれば単なる特性に過ぎないこと(たとえば、好奇心が旺盛で、活動的な傾向)が、著しい生活上の支障や問題行動となってしまう。

非行は、手当ての仕方がうまくいけば、克服することができる課題だが、対応を間違えると、どんどん反社会性をエスカレートさせてしまい、筋金入りの犯罪者を作り出してしまうことにもなる。

だが幸いなことに、非行から回復するケースの方が、犯罪者への道をたどるケースよりも多い。

回復のチャンスが十分にあるのだ。

非行少年を、「愛着障害を抱えたケース」として捉え直すと、そこには愛着障害を克服するヒントが秘められているともいえる。

ボウルビィ自身、愛着の問題についての最初のヒントを得たのは、非行を犯した子どもたちとの出会いからだった。

そして、愛着という視点の重要性を学ぶことになったのは、非行や犯罪にいたった子どもたちと、医療少年院という施設で向き合う中でであった。

そして同時に彼らは、愛着障害を克服するために何が必要か、手伝えることは何かをおしえてくれたのである。