愛着障害の結果起きている問題

このような医学モデルでは、たとえ症状を改善できたとしても、根本的な解決にならないどころか、もっとさまざまな症状が起きてきたり、将来もっと厄介な問題が生じてしまったりすることもある。

なぜなら、症状や問題行動というのは、本当の問題の存在を知らせ、それに真に必要な対処をするようにと警告してくれているものだからである。

これについては、愛着モデルを使えばよく理解できる。

愛着モデルで見れば、症状は「愛情を取り戻そうとする試み」であり、アピールなのである。

子どもが、お腹が空いているわけでもないのに、泣いているとしよう。

泣いているのは、何か手当てを訴えているからだ。

嫌なことがあったのかもしれないし、愛情が足りていなくて、もっとかまってほしいのかもしれない。

ところが、この泣いている状態を「症状」と見て、「泣き虫病」と診断し、泣かなくなる薬や行動療法を処方したとしたらどうなるか。

たしかに子ども泣かなくなった。

だが、泣くことによって、せっかく何かを訴えようとした、その行動が消されただけのことである。

子どもの中にあった気持ちは、うやむやにされたものの、解消されたわけではない。

小さい子どものうちであれば、親がかかわってあげることで、不足を補うことができたかもしれない。

だが、そこで「症状」だけを止めてしまったことによって、問題はなくなったとみなされ、結局、必要だった手当てが施されないまま、大きくなってしまう。

どんな子供が出来上がるかは想像に難しくない。

成長したその子は、同様に泣いている子を見て、優しくしてやろうと思うよりも、薬か行動療法で黙らせようとするかもしれない。

いくつも病名が並んでしまうような複雑な症状を示すケースほど、そこには愛着障害の問題が絡んでいる可能性が高い。

そうしたケースほど、医学モデルよりも愛着モデルがうまく当てはまることが多い。

愛着モデルによって、単にその病態の理解が助けられるだけでなく、解決の方策も見えてくるのである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著