正義を盾にした怒り、イライラ

たとえば自分のわがままが通らない。

頭では我がままとわかっていても、わがままが通らなければ欲求不満になる。

そしてイライラする。

日常生活でいつもイライラする。

それは日常の生活の細々したことがイライラの原因ではない。

もともと欲求不満な自分が生活をしているから、生活上の細々したことにイライラするのである。

これは極端な例であるが、食事が遅いといって殴り殺された三歳のこどものことが以前新聞で報道されていた。

子供の食事が遅いということがイライラの真の原因ではないだろう。

自分が自分に対して怒っているときには、何もかもが癪に障る。

何もかもが気に入らない。

無差別殺人のようなことが起きるのはこうした心理のときである。

自分が自分に怒っている時には、外からは何も見えない。

しかし心の中ではもの凄い葛藤がある。

もの凄い緊張がある。

したがって実際には何も仕事をしなくても消耗する。

自分が自分に怒っている時には、何もしなくてもエネルギーを使っている。

だから何もしなくても疲れる。

実際に何もしなくてもエネルギーを使っている。

だから何もしなくても疲れる。

実際に何も仕事や勉強や運動をしないのに「疲れた、疲れた」と言っている人は、心の中ではもの凄い戦いをしているのである。

その中の一つが自分で自分に怒っている心理状態である。

他人に怒って、大喧嘩をしている状態を考えてほしい。

喧嘩の後は疲れるだろう。

自分と喧嘩している時も同じである。

他人に怒っても、自分に怒っても疲れる。

むしろ他人に怒ったほうがすっきりとする。

自分に怒っている方はスッキリしない。

眠っても熟睡はできず翌日に疲れが残る。

何もかもが上手くいかなければ人は疲れる。

外側から見てうまくいっていても、心の中が上手くいっていなければ疲れる。

本当に欲しいものが手に入らなかった。

そんな時には何もしなくても疲れる。

外的と戦っている時だけが付かれるのではない。

心の中が内戦状態では外的と戦わなくても疲れる。

母親は自分の感情のイライラから「嘘をついた」と子供を責めていても、自分が正しいと思っている。

「嘘をついてはいけない」というのは正しいことだからである。

言葉だけをとれば母親の言うことは間違っていない。

しかしこれは母親が自分の不満を、弱い者へ当たることで晴らしているに過ぎない。

子供を自分のイライラのはけ口にしている母親は子どもがうそをついたことを責めているのだが、嘘をついたことが叱責の真の原因ではない。

これは叱責の口実であってその根本原因は母親の心の中の不満である。

つまり母親は自分の心の不満を子どもに外化したにすぎない。

母親は自分の不満のはけ口を、子供の嘘を叱ることに見つけたのである。

母親は自分より弱い者に因縁をつけ、叱責することで、自分の苛立ちをしずめようとしている。

悩み相談で「私は正しいことしか子供に言わなかったのに、こどもが心理的におかしくなった」とか、「非行にはしった」とか憤慨している父親がいる。

もともとそうした父親は自分が自分に怒っている。自分が自分に憤慨している。

それを外化しているに過ぎない。

いい言葉を使っていても、心が触れていない親子では教育ができないのと同じように、親が正しいことを言っていても心が触れていない親子では教育ができない。

教育の問題では、言っていることの内容の正しさではなく、なぜその正しいことを言うのかという動機が大切である。

子どもが嘘をつくのはストレスが大きな原因であろう。

子どもを責める親は嘘をついた時に嘘をついたという事実に重点を置きがちであるが、なぜ嘘をついたかと言う動機を考えない。

そして子供の嘘の動機を考えない親は、同時に自分の叱責の動機も考えない。

自分は自分に対する怒りを子どもに外化しているなどとは一切考えない。

「嘘をついてはいけない」というような「正義を盾」にして自分の心の不満を吐き出す時に、親はサディストに近い。

「殺す体験がしたかった」というのは、何もかも気に入らなくなっているということである。

誰にあっても不愉快である。

どいつもこいつも腹が立つ。

何を聞いてもイライラする。何をしても面白くない。

自我が、無意識の領域にある欲求不満をコントロールできなくなった心理状態であろう。

「殺す体験がしたかった」とか「殺すのは誰でもよかった」というのは、何もかもが不満で、もう自分でも自分が分からなくなった心理状態であろう。

そもそも怒る性質の事柄ではないのに、怒りを感じてしまう。

そういう心理状態だから次から次へと物事は悪い方向に向かってしまう。

誰ともうまくやっていかれない。

ただ怒りがわいてくるだけでその怒りを表現する方法も分らない。

いよいよ内にこもるだけである。

周囲の世界を破壊してくなっても不思議ではない。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには怒りやイライラを感じた時には相手にではなく自分の内にあることを理解しておくことである。

※参考文献:イライラのおさめ方 加藤諦三著

 

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