幼児的願望が満たされないと、結果としていくつかのことが生まれる。

1つは憎しみの感情に支配される。

大人になれば、周囲の人はその人の幼児的願望を満たさない。

だから、その人は周囲の人を憎む。

してほしいことをしてくれないのだから恨むのは当たり前である。

そのおとなが「してほしい」ということは、幼児がしてほしいと思うようなことなのである。

もう一つは、自分と他人との関係が理解できなくて、幸せな人間関係を形成できない。

幼児的願望を満たされない人は、それに一生を支配されて、長い人生でいつか挫折する可能性が高い。

まず何よりも近い人間関係が上手くいかない。

まず幼児的願望を満たされていないものは、しつこいので嫌われる。

しつこいのは、愛されたいという強い願望と同時に、自分が愛されているかどうか不安だからである。
不安だから常に自分があいされていることを確かめようとする。それが「しつこさ」である。

幼児的願望を持っている人は、いつも不満である。

そして、その不満をいつも我慢しているから、どうしても重苦しい人間関係にならざるをえない。

いつも不満な顔をしていたり、じっと我慢しているようなかおをしていれば、周囲の人はやりきれない。

そこで、たいていの人は逃げだす。

長期間、母親との別離を体験した子供は、それ以後、ちょっとでも置き去りにされることをも拒む、と幼児研究家のボールビーは言う。

しかし、このようなことは大人になるとできない。

いつも自分に注目してほしいという気持ちを、幼児のようにあからさまに表現できない。

だから、注目されないときには我慢するから不機嫌になる。

そして、あからさまに避難できないが、心の底では愛着している人物を激しく非難するようになる。

幼児的願望を持っている人は、自分が一番必要としている人に憎しみを持つ。

愛する人から望むだけ愛されないから、愛する人に敵意を持つ。

そうして、愛憎併存感情に苦しめられる。

こうして、幼児的願望が満たされない人は、公的な社会生活にも、私的な生活にも挫折する。

恋愛にも結婚にも挫折する。

前向きな態度とか、依存する気持ちを直そうとか、事態を改善しようとかということがない。

自分を直す気がない。

対人恐怖症、社交不安障害を克服したい人はまず、自分の中の幼児的願望に気付くことが一歩である。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著