甘えは自己不在の証明

”甘えは自己不在の証明”

自己不在の人は甘えた大人に自分の傷ついた気持ちを分かってもらおうとしても、無理である。

甘えた幼児に母親が、自分の傷ついた心を分からせようと努力しても無理であろう。
それと同じである。

ところがこの過ちを、われわれは何度も繰り返しているのである。

「あの人はあんなひどいことをいって、私を傷つけた」と怒る人はいる。

確かに甘えた大人はひどいことを言う。

自己不在の人は他人の心を傷つけても平気でいる。

しかし、ケロッとしている。

自己不在の人はそれは、甘えた大人が三歳の幼児と同じだからなのである。

信じ難いが、実際に起きた例を一つ上げておこう

ある甘えた五十歳の女性が隣の家のお手伝いさんに「今日限りこの家を出て行きなさい」といった。

理由は隣の家の人が気に入らないというだけである。

お手伝いさんが出て行けば、その家の人が困ると思ったのである。

また、隣の家の人が傷つくことを近所中に怒鳴りまくっても、翌日はケロッとしている。

周囲は呆気にとられてしまう。

もちろんこの甘えた五十歳というのは、ノイローゼ患者である。

自己不在の人は隣の人がどれだけ傷ついたか、お手伝いさんがどれだけ傷ついたかなどと言うことは、逆立ちしても気づかない。

だから、自己不在の人は他人の気持ちを踏みにじり、傷つけても平気でいられるのである。

甘えた大人が平気で弱い者いじめができるのは、他人の気持ちが分からないからである。

自己不在の人はこの世に存在するのは自分の気持ちだけである。

自分の衝動だけを大切にする、というより、甘えた大人には、この世の中にそれだけしか存在しないのである。

だから、甘えた大人は他人を平気で傷つけるが、自分が傷ついた時にはヒステリーを起こして騒ぎまくるのである。

甘えた自己不在の人にとって、この世に存在するのは自分だけなのであるが、同時にその自分とは、他者を鏡として、そこに映る自分ということである。

つまり、この世に存在するのは自己のみでありながら、実は自己不在なのである。

これが甘えであり、冷たさではなかろうか。

甘えた自己不在の人と甘えていない人間が接触した時、傷つくのは必ず、甘えていない方の人間である。

甘えた自己不在の人は、他人に自分の受け入れを際限なく求める。

そして、自己不在の人は自己が受け入れられないと感じた時は周囲に攻撃性を示す。

甘えた自己不在の人は、自分の甘えを許さないものを傷つけるのは、このためである。

結局、甘えた大人と付き合えるのは、甘えた大人だけである。

自己不在のノイローゼ患者は、他人が自分の人柄を礼賛することに大変興味を持つと述べた。

自己不在のノイローゼ患者にとっては、自分を礼賛してくれることにおいてのみ、他人は意味を持つのである。

甘えた大人同士が礼賛し合う光景を見かけた人は少なくないであろう。

甘えた親は、子供を自分の礼賛者に育てるため努力する。

そして、自分は立派な親だと信じている。

自己不在の人は自分には子供への愛情が欠如しているとは気づかない。

自己不在の人は子供が自分を礼賛する限りにおいてのみ、子供に関心があるのである。

自己不在の人は他人に対しても同様である。

自己不在の人はまた、他人を礼賛する側も、他人を礼賛することで、自分の価値を高めようとしている。

甘えた大人同士の関係が、時に異常にうまくいくのは、このような関係だからである。

しかし実は、双方とも相手の人格には全く関心がない。

双方とも自分にしか関心がないのである。

自己不在の人はお互いに、相手が自分に寄せる関心の深さによって、相手を”立派な人”と信じているに過ぎない。

したがって、こうした関係がいったんまずくなると、激しく罵倒し合うようになり、憎しみ合うようになる。

ところで、この甘えた人間は、常に何か”くやしい”気持ちを味わっている。

今述べたように、甘えた人間にとって、この世にあるのは自分の衝動だけである。

しかし、自己不在の人は現実の世の中は自分の衝動の期待通りには動かない。

自己不在の人はそこで悔しくなる。

自己不在の人はある人に自分を礼賛するのを期待したのに、礼賛しない。

自己不在の人はそこで面白くない。

自己不在の人はくやしい気持ちになる。

自己不在の人はその人が憎らしい、何かくやしい。

甘えた大人というのは、自分の言動で相手を傷つけながらも、絶えずしゃくにさわっているのである。

この項の初めに”甘え”という問題は日本独特のものとして論じられてきたと述べたが、ここで誤解を避けるために、「甘えの構造」の著者が、そう主張しているのではないということを記しておく。

「甘えと社会科学」の中で、著者は「あまえ」理論は日本的な土壌から出発しているけれども、にも拘らず一つの普遍性を目指している点が実は問題なのだと思います」と述べている。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著

 

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