驚くべきことだが、愛着という現象や、それがもつ重要な意味について理解されるようになったのは、せいぜいこの半世紀ほどのこである。

それまでは、母親と子どもの結びつきといえば、お乳をもらったり世話をしてもらったりするという実利的な理由のためで、その必要がなくなれば、子どもは自然に母親を卒業していくものだ、というくらいに考えられていた。

またむしろ、子どもを母親に甘えさせたり、母親が子どもを可愛がったりすることは、子どもを弱く、自立できない人間にしてしまうと思われて、母子の結びつきは困ったことのようにみなされがちだった。

以前は洋の東西を問わず、父権の強い社会だったということもあり、母親よりも父親との関係が幅を利かせていたのである。

人々の思い込みを変えるには長い時間が必要であるが、それまでの常識では説明できない事実に着目する人も現われ始めた。

その一人がイギリスの精神科医ジョン・ボウルビィである。

ボウルビィは、まだ医師になりたてのころ、非行少年の施設で働いたことがあったが、窃盗を犯した少年の事例を集めてみると、驚くべき事実がわかった。

施設のほとんどすべての少年が、母親からの愛情不足を味わっていたのである。

その後、一人前の精神科医となったボウルビィが遭遇することになったのが、第二次世界大戦という悲惨な戦争である。

イギリスも爆撃機による空襲やミサイル攻撃など、激しい戦火にさらされ、子どもたちは親元を離れ、疎開せねばならなかった。

戦災で親を失って孤児となる子どもも続出したのである。

ボウルビィは、そうした子どもの調査を手掛けることとなるが、その結果、明らかとなったのは、母親の喪失や不在によって、子どもたちが破壊的ともいえるダメージを負っていたという事実であった。

栄養や世話は足りているのに、成長が止まってしまうなど、さまざまな発達上の問題や情緒的、行動的な問題をかかえていたのである。

これは従来の理論では説明できない現象であった。

当初ボウルビィは「母性愛剥奪」という用語を用いて、この事態を説明しようとした。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著