症状に目を奪われず、愛着関係を注視する

医学モデルとの違いで、愛着モデルでは、症状は助けを求めるサインだと考える。

したがって、症状の改善は治療目標ではない。

改善を目指すのは、愛着障害である。

愛着障害によって、対人関係の困難、ストレス耐性の低下、周囲のサポートの得にくさという三重苦を生じている。

その結果、孤立、トラブル、心身の病気にいたっている。

愛着障害を改善することで、一連の悪循環を好循環に変えることができる。

それが、しばしば劇的な改善をもたらすゆえんだ。

ところが、医学モデルで事態を見てしまうと、どうしても症状に目がいく。

症状を問題視し、そこにばかり注意を向けてしまいがちだ。

不幸なことに、愛着障害の人は、それが親であれ、配偶者であれ、本人の良い点よりも問題点にばかり目を向け、そこばかりを責めてしまう傾向がある。

自分の期待通りにできない子どもや配偶者を問題視し、許せないとさえ感じてしまうのだ。

症状(問題点)は病気(障害)によるものだと説明してくれる医学モデルは、彼らが抱き続けてきたもやもやした思いに、明確な答えを出してくれる。

「それは、病気(障害)の症状なのだ」と。

診断されることで、納得がいき、仕方がないのだとあきらめもつく。

それで落ち着く面もあるが、それは親や配偶者が、本人に期待するのをやめることによってだ。

しかしこれでは、症状を改善する治療に取り組むにしろ、障害として受容し、改善をあきらめるにしろ、本当はできたかもしれない本来の可能性の開花からは遠ざかってしまう。

そもそも症状は、助けを求めるためのサインだとしたら、症状だけを改善する治療に励むことは、せっかくのサインを消してしまっているようなものだ。

症状にとらわれすぎることは、かえって問題の本質を分かりにくくする。

いくつも診断名が並ぶばかりで、本当に必要な対応は見えてこないのである。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著