神経症の小姑

”自分の心が歪んでしまう時”

抑圧が深化している時には、当然依存心は克服できない。

依存心というのは、己を倒すか、相手を倒すかしかないのである。

欲求不満な小姑にしても、他に苛められる人が見つかれば、おかしくはならないであろう。
だからこそ、強い立場の人間の依存心が強いと、弱い立場の人間は精神的におかしくなるのである。

つまり、依存心の強い者は、相手をいじめられるかぎりいじめぬくわけである。
そして、弱い立場の人間は依存心が強いと対人恐怖症などの神経症になる。

嫁いじめに失敗し、精神病院に入院したある女性の話である。
その女性患者にしてみれば、弱い者を次々と探しながら生きてきて、そのたびに苛めることに失敗し、お嫁さんが最後の獲物だった。

ところが、この嫁いじめも思うように効果があがらなかった。
いじめられるわりには、お嫁さんの方が割と冷静だったからである。

ある時、お嫁さんの過去のことを持ち出していじめにかかったが、お嫁さんは相手にしなかった。
その時、その小姑は「お母さま、くやしい!」と叫んで、狂気にかられて暴れだした。

なんと、その小姑というのは五十歳近い女性なのである。

抑圧が深化し、次々といじめながら生きてきて、最後の獲物でも失敗し、おかしくなった。
本当は、彼女が憎しみを向けるべき相手は親だったのに。

彼女は我執の父親に所有され、「よい子、よい子」と依存心をもてあそばれた。
また、その苦しみを母親は理解しなかった。
まさに、彼女の憎しみは親に向けられねばならなかったのだ。

しかし、抑圧がほぼ完全であったために、憎しみは親には向かず、逆に「お母さま、くやしい!」と絶叫して、情緒のバランスを失うにいたったのである。

このような話はあまりにもグロテスクで気味が悪いが、現実にこの世の中で起きている事件なのである。

異常な依存心は、己を倒すか相手を倒すかしかないと述べたが、これを別の言い方で表現すれば「精神障碍者の母は、子供が分裂症になることを必要とした」ということになろう。

母親は、子供の心に重荷を負わせ続けることで、自分の情緒のバランスをとっているのである。

女房を夜中の二時、三時までなじる夫などというのも、弱い者に向けて隠された憎悪をあらわしているのである。

そして、もしそれを女房が受け付けなければ「くやしい!」となる。

親への攻撃心や憎しみなどは、当人が自覚することでかなり解消される。

いや、自覚できるということは、それだけ当人が成長しているということなのである。

ところが、抑圧が深化してしまうと精神的脱皮が不可能になり、弱い者いじめで心のうっ憤を晴らすことになる。

心の冷たさとは、抑圧がもたらしたものであろう。

心が冷たいということは、ナルシシズムが克服されていない、幼児的依存心が抜けきっていない、劣等感が強くて利己主義であるということである。

それでいながら、他者を立てることに気を使ったりしている。
気を使いながらも、同じような者にはライバル意識を持っている。

抑圧した者の感情は屈折に屈折を重ねている。”ひねくれている”という表現がよくあたっている。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには攻撃心や憎しみなどを、当人が自覚することである。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著

 

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