期待された役割を生きてきた人が、よりいっそう自分になるためには、なにが必要なのでしょうか。

期待された役割を生きている人は、絶縁と離断を自己成長と思ってがんばってきました。

すなわち、「偽りの自分」と「本当の自分」とを切り離し、「本当の自分」を外界から退却させることを心がけてきました。

これを推し進めることが精神的成熟へと進むことだと信じようとしていました。

しかし、絶縁と離断の実態は自我の発達ではなく、自我の萎縮であり、自我の貧困化でありました。

自分をしっかりと生き抜くために必要なのは、離断ではなく統合であり、絶縁ではなく超越なのです。

統合

統合とは、代償的自己と「本当の自分」との融和を図ることであり、「偽りの自分」と「本当の自分」との分断に橋を架けることです。

すなわち、「偽りの自分」を切り捨てるのではなく、また、「本当の自分」の虚構に逃げるのではなく、「どちらも自分である」として現実的な自己像を描くことです。

そして、この現実的な自分としての行動を心がけることです。

離断は「偽りの自分」と「本当の自分」とを切断し、その結果、「偽りの自分」にも「本当の自分」にも自分は存在せず、自分はどこにもいない、という自己希薄化の感覚を引き起こしました。

必然的に自分の力への確信が持てませんでした。

これに対して、統合は、「偽りの自分」も「本当の自分」も自分自身であり、確かな実在としての自分を実感させてくれます。

統合によるこの実在感は、自分に核となるものがあり、自分に内なる力があるという感覚をもたらします。

この力への確信が、次に述べる超越を実現する大きな支えにもなります。

こうした統合の最終的な課題は、エリクソンが人生の最終段階の発達的危機として設定した「統合対絶望」と重なります。

彼によれば、統合とは、過去、現在、そして残り少ない人生、それらを疑いもなく自分の人生であると肯定的に受けとめることであり、そう遠くない時期に必然的に訪れる死、その死さえも自分の人生の必然的な到達点として受け入れることです。

そのためには、自分と自分の人生そのものに真摯に向き合い、自分なりの努力を積み重ねていくことが必要だというのです。

しかし、人生を自分の思いとは裏腹に生きてきてしまった人は、老年期において統合に達することができず、絶望という感情にとらわれることになります。

それは、これまでの自分と自分の人生を受け入れられず、かといって、もはや人生をやり直す時間は残されていないという焦りの心です。

超越

超越とは、外界と結び合いつつ、自分であることです。

すなわち、外界に積極的に関与しつつ、外界に振り回されない自分でいることです。

外界に心開いて接して、いたずらに感情をかき乱されたり、過度に傷ついたりしないようになることです。

生きることには、苦しいこと、つらいこと、悲しいことなどがつきものです。

ですから、そうした感情が生じるのは当たり前のことです。

超越とはそうした感情が生じないようになることではありません。

人間として当たり前のこれらの感情をしっかりと体験しながら、それに引っかき回されないことです。

絶縁は、外界との心理的交流を拒絶することで、外界に振り回されない自分をつくろうとしてきました。

その結果、導かれたものは内面の空疎化でした。

これに対し超越は、外界と交流しつつ、外界に振り回されない自分をつくることですから、心理的内実が豊かになっていきます。

超越のために究極的に必要なことは、自己価値感を取り戻すことです。

妬んだり、恨んだり、傷ついたり、劣等感や不満感に陥ったりするなど外界に心乱されるのは、自己価値への確信が持てないためだからです。

自己価値への確信が持てないために、人からの注目や賞賛によって、あるいは、地位や名誉、金銭などによって、自己価値感を得ようとするのです。

外部に評価の基準を求めると、より上を欲することになります。

なぜなら、上に行けば行くほど価値があるし、より上でなければ自己価値感が満たされなくなるからです。

こうして、常に他の人に劣らないようにとの努力が強いられることになり、他の人と比較しての感情に左右されるようになります。

それで、いつでも、どこでも評価されているかのようで、心穏やかにいられないのです。

これに対し、自己価値を信頼できると、心の平穏がもたらされます。

自分が感じること、考えること、望むことを信頼してよいのだという安心感。

自分がここにいて、このままでいいのだ、という安心感。

今を充実させることが、将来の充実へとつながっているという確信による安心感。

自分にとっての善が、他の人にとっての善と重なるものであるという確信による安心感。

自己価値感を得て、超越へと近づくためには、自分を信頼し、外界を信頼して、心開いて外界に接する体験を積み重ねることです。

こうした体験は、かならずしも平坦なものではありません。

なぜなら、今まで、絶縁と離断が安住の地だったからです。

とりわけ、絶縁が自分を救ってくれたものでしたから。

しかし、外界との交渉による多様な体験を通して、次第に自己価値感が確固としてものになり、外界にいたずらに振り回されない超越へと近づくことができるのです。

以上述べてきた統合と超越という自分を取り戻す道を進むためには、次の三点が主要な課題になります。

●「偽りの自分」を自分として受け入れること。
●自分と自分の生活の現実的な変容をはかること。
●自己信頼による自己価値感の獲得。

※参考文献:「いい人に見られたい」症候群 根本橘夫著