性的に不能、インポテンツな男性は、相手の女性が、自分に完璧なる男性を期待していると感じるから、緊張してストレスにさらされる。かくていよいよ不能に陥るのである。

世界的ベストセラー「生きる糧の言葉」のなかの一文で「あなたがどんなふうになろうと、私はあなたに失望しない。」とある。

心底このように感じている親に育てられた子は、ありのままの自分に自信を持つに違いない。

心底このゆおに感じている恋人を持った男性は、不能、インポテンツになることはないであろう。

「あなたは私を失望させることはできない」
なんと美しい文章だろうか。

このような友人をもった人は、心安らかに人生を生きることができるであろう。

反対に、恩着せがましく育てられた人は、ありのままの自分に自信が持てず、他人は自分との付き合いを喜んでいないと無意識の領域で感じている。

他人が世話をするだけの値打ちが自分にあるならば、何をしてもらっても恩に着る必要はない。

親が子供の世話をすること自体を喜んでいるならば、子どもは、存在そのものに自信を持つ。

ところが、いちいち恩にきせられていたら、自分の存在に罪悪感さえもち、何か自分の存在は他人の迷惑になっているのだという感じ方をして、対人関係で絶えず気が引けることになる。

思っていることも言えない、頼みたいことも頼めないようになってしまう。何か他人に頼めば迷惑になる、嫌われると感じるからである。

頼んだことを親が喜んでしてくれた人は、他人に対して気が引けることはない。思った通りに言い、頼みたいように頼み、誘いたいときに他人を誘う。

いちいち、他人に迷惑になるのではないかなどと不安にならない。迷惑な時は相手が断ると思っているからである。

しかし、敵意を抑圧している親などに育てられると、他人を信じることができなくなる。

親でさえ、何をしてもその裏に敵意を持っていたのである。

なおさら他人は、自分に笑ってくれても、心の底では自分に敵意をもっているのではないかと感じて当然である。

敵意を抑圧した親の、思いやりのあるような態度程、子どもにとって当惑するものはない。

子どもは親の敵意を感じながらも、その感じ方を抑圧する。

親も子も、本当の自分を抑圧し、表面的にはなごやかな関係を作る。

それがいわゆる従順なよい子である。

いきいきとした感情の交流がない。

ありのままの自分は他人に好感をもたれないと、無意識で感じている人、つまり、対人関係でやたらに気が引けたり、逆に傲慢になったりする人は、自分は今まで付き合う人に「ついていなかった」と考えることである。

要するに、自分に価値が無いのではなく不運だったのである。

しかし、そういった、にこやかでありながら底意地の悪い人たちばかりとつきあったことは、自分の側にも責任がある。

つまり、自分の側に依存心があったから、その種の人間が周囲に集まってしまったのである。

対人恐怖症、社交不安障害を克服したい人、女性の前で緊張してインポテンツになってしまう人はもう一度頭の中に入れておいてほしい。

「あなたがどんなふうになろうと、私はあなたに失望しない」と。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著