自信がある。

自信がない。

私たちは普段の生活で、この言葉をよく口にしたリ、耳にしたりします。

では、そもそも「自信」とはなんなのでしょうか。

辞書では、「自分の価値や能力を信ずること。自己を信頼する力」とあります。

これをもう一歩突き詰めて、次のように定義します。

自信とは、その人の、その人自身に対する肯定的な「解釈」や「思い込み」である。

ここで重要なのは、自信の有無を決めているのは、ほかの誰でもない、本人だということです。

もしあなたが「自信がある」と思えば自信は存在し、「ない」と思えばなくなります。

たとえば、ここに水を入れたコップがあります。

「これはなんですか?」と質問をすると、誰もが「コップです」と答えます。

では、水の代わりにボールペンを差してみたらどうでしょう。

「ほんとうにこれはコップですか?」

「本来コップとは、何をするものですか?」

このように質問すると、皆さん戸惑われます。

目の前にある器を「コップ」と定義すれば、水を飲むための道具となりますが、ペンを入れるとペン立てになります。

そこでもう一度質問をします。

「この器がコップだというのは事実ですか?解釈ですか?」

そこで器の使用目的が、使う人の解釈によって限定されることに気づくのです。

これと同じことが、「自信」にも言えます。

「自分」という人間をどのように捉えるか、どのように解釈するかによって、自分の価値や評価、役割は違って見えてくるのです。

「自信がある、ない」もそのひとつ。

だから、「自信がもてない」と悩む人にはこう言いたい。

自信がある。自信がない。そのどちらも正しい。

なぜなら、自信とはその人自身の思い込みや解釈だから。

自信があると思えば積極的に行動ができ、ないと思うと行動の抑止が起こる。

もし、「自分に自信がもてない」と悩んでいるのであれば、まずその思い込みを変えるところから取り組んでいきましょう。

マイナスの思い込みに囚われてしまっている人は、マイナスの思考をもっています。

それが人生を左右します。

人間は思考の生き物。

人生は、その人の思考以上でも以下でもありません。

少々哲学的ですが、「あなたはあなたの思考そのもの」なのです。

自信の欠如、何かに対する恐れ、否定的な解釈-これらのもとは、すべて「あなた自身の思考」です。

マイナスの解釈や思考に囚われていると、行動の抑止が起こり、新しい物事にチャレンジできなくなります。

たとえば、卓球に自信満々で、テニスにはまったく自信をもてない人がいる。

その人はテニスで勝負しようとは思わないでしょう。

なぜなら、テニスの成功体験がないからです。

しかし、「自分はできる」と思えれば、テニスにチャレンジすることができます。

「できる」「できない」は人が決めるのではなく、自分が決めるものです。

つまり、あなたが「自信をつけたい」と願うのならば、まず日々の出来事にどういう解釈をしているのかを冷静に考えてみましょう。

自分の思い込みを客観的に見つめてみるのです。

そしてつねによい解釈に努めることで、前向きに物事に取り組めるようになります。

するとあなたの人生は、いまよりもっとすばらしいものになっていくでしょう。

あなた自身の思い込みを決定しているもの

プラスの思い込みは、簡単にはもてません。

なぜなら、あなたの思い込みは、あなた自身の「自己イメージ」によって決められているからです。

自己イメージとは、自分で自分をどのように見ているのかという「自分像」のこと。

自信の有無(思い込み)に大きな影響を与えています。

高い自己イメージをもった人は、自分のことが大好きでいつも自信にあふれ、何事も積極的に取り組み、次々と成果を出していきます。

一方、自己イメージの低い人は、自分を好きになれず、何に対しても消極的です。

はじめる前から、「うまくいきそうにないのでやめておこう」「どうせ、わたしなんか・・・」とすぐにあきらめてしまう傾向があります。

自己イメージの本質にあるのは、これまで自分の力で物事を成し遂げてきた体験の数です。

高い自己イメージをもつ人ほど、子どものころから数多くの成功体験や突破体験をしています。

こう考えると幼いときからレースははじまっていると言えるでしょう。

逆に自信がない人は、成功・突破をあまり経験しておらず、あっても圧倒的に量が少ないようです。

これには両親が大きく関係しています。

親が子どもを甘やかしすぎて、満足な突破体験をさせず、結局、自信が形成されない。こうしたケースも多くあります。

自信を高めるにはエクスポージャーの成功体験の量と質を増やしていく以外に方法はありません。

小さな成功体験をコツコツと積み上げて、自分の力で一生折れない「大きな自信」に育て上げていくのです。

高い自己イメージや自信は、本人の力で困難を乗り越え、何かを成し遂げたときにはじめてつくられるものです。

本人の努力なくして、自信の形成や自己イメージの向上はありえません。

そして、自信のないところに成功はありません。

エクスポージャーの成功体験こそが成功の源泉です。

自己イメージを高めて、自信をもつためにより多くのエクスポージャーの成功体験を経験しましょう。

それができるのは本人だけ。

誰もあなたの代わりにはなれません。

あなたの自信を高め、成功に導けるのは、あなたしかいないのです。

できる自分のつくり方

ナポレオン・ヒルの『成功哲学』にはこう書かれていました。

「成功する前に成功したかのように取り組みなさい」

人は、経験したことのない大きな壁や困難にぶつかると、不安になります。

「自分はほんとうにこの状況を乗り越えられるのだろうか」と自信を失いかけます。

そんなときこそ、エクスポージャーが有効です。

エクスポージャーが成功するとだんだんと「できる」と思える自分に生まれ変わっていく感じがしてくるのです。

自信を形成する過程において、この「できる」という感覚はとても重要です。

何もないところからスタートするので、心の中は不安でいっぱい。

ちょっとしたことでくじけそうになるかもしれません。

そんなときは、積極的にエクスポージャーして成功体験を積むことです。

そして逆説的ですが、「自分はできる。成功するまで絶対にあきらめない」と思い込めれば実際に思い通りになってしまいます。

出来ない人は、少しうまくいくと、「出来過ぎている。何かよくないことが起こるのではないか」と悪いほうへばかり考えてしまう。

「よいことが起こって当たり前」と思えるか「悪いことが起こって当たり前」と思うかで人生はまったく変わります。

自信がある人はどういう状況であろうと、環境を操作してでも自分の行動を止めません。

うまくいっている人は、皆こうした思考をもっています。

思考が行動をつくり、行動が結果をつくる原理原則と言えるでしょう。

はじめから大きな自信をもってなくむしろ自信も地位もお金もない「ないないづくし」の人も多いかと思います。

それでも解釈の質や思考を変えることで、自信を持った人生が歩めるようになってきます。

自分のことを信じているか

自己イメージとは、自分は自分のことをどう見ているのかという見方や見解です。

つまり、その人の自己イメージを見ることで、自分自身を信じている度合いがわかります。

自己イメージの中核にあるのは、自分のことをどれだけ好きかという「自己愛(セルフラブ)」です。

これは「自己イメージの高い人ほど自分が好き」という事実を思い出してもらえれば納得がいくと思います。

自己イメージは、たんにその人が思い描く「自分像」としてのみ存在するのではありません。

その人の司令塔のような役割があります。

人は自分の自己イメージに合った「生き方」「職業」「パートナー」「報酬」「仲間」などを選ぶ傾向にあります。

このため、高い自己イメージをもった人ほどよい方向へ、低い自己イメージをもった人ほど悪い方向へ進んでしまうことが起こりえます。

たとえば「自分はグズだ。のろまだ」と思い込んでいた人が物事をしっかり要領よくこなすと、「グズな自分が几帳面にやるのはおかしい。こんな自分は自分じゃない」と自分自身に違和感をもってしまいます。

「自分はグズだ」という自己イメージ(司令塔)が、いつもと違う行動を阻害するからです。

するといつのまにかグズでのろまな人生になってしまいます。

では「グズでのろま」な自己イメージを植え付けたのはいったい誰でしょう。

原因のひとつに親の厳し過ぎる叱責が考えられます。

「おまえはなんてグズなんだ。決めたこともきちんとやらないで・・・」

「いったい、この子は何度言ったらわかるのかしら。ほんとうにダメね」

こうして親が子どものできない所を指摘して、できるようにしようとすると、それが子どもにとってマイナスの暗示となり、問題行動を引き起こします。

その結果、子どもはさらに厳しい叱責を受け、問題行動を起こした自分に自信がもてなくなり、ますます自己イメージを下げるという負のスパイラルに入ってしまうのです。

それが続くと、だんだんと自分を愛することができなくなってしまいます。

それでは、私たちの自己イメージは、両親によって決められ、自分たちの力ではどうすることもできないのでしょうか。

そうではありません。

私たちは自己イメージを高めるために、日常生活の中で自分を尊敬し、信頼する生き方を選べます。

理想の自分に近づいていると思えれば、自己イメージは高まります。

ありのままの自分を受け入れましょう。

人生はいつからでもやり直せるのですから。

両親によって育まれる自己愛

人間がいちばんはじめに出会う、自分のことを絶対的に信じてくれる存在、それが親です。

自己イメージの中心にある「自己愛」は、両親の愛によって育まれます。

親に愛されて育った子どもは、健全な自己愛と高い自己イメージをもちます。

それほど親の影響は大きいものです。

一方、喧嘩ばかりしている夫婦のもとで育った子どもには、健全な自己愛が宿りにくいようです。

たとえば両親が離婚をして母親が出て行くと子どもは、「自分のせいでお母さんはいなくなった」と思ってしまう。

心理学的に見て、夫婦間で問題が起こると、子どもは「原因は自分にある」と考える傾向があるようです。

これでは、自分で自分を愛することはできないでしょう。

金銭的に恵まれているかどうかは関係ありません。

貧しくとも夫婦仲がよければ、子どもは愛情豊かに育ちます。

だから自己イメージは上がります。

親から子どもへの関わり方も重要です。

教育熱心な親ほど子どものことを自分の願望に入れています。

だから大切に育てる。

当然、その子の自己イメージは高まります。

しかし、教育熱心なあまり「ダメだ。ダメだ」とマイナスの言葉を使って(苦痛を与えて)しまっては、逆に子どもの自己イメージを下げてしまいます。

その理由は前述のとおり、「ダメだ。ダメだ」を繰り返すことで、マイナスの暗示がかかってしまうのです。

親の教育水準も関係します。

あまりに低いと知性をもつ大切さを教えられない恐れがあるからです。

高い自己イメージ、つまり大きな自信を形成するには、よい教育・知識・情報が欠かせません。

Aさんの場合は、3歳のときに両親が離婚しました。

母は家から出て行き、Aさんは父と再婚相手の義理の母と暮らしはじめたものの、義理の母は、Aさんと6つ違う腹違いの妹ばかりをかわいがり、Aさんは不愉快な比較にさらされました。

小学校の友達は皆、お弁当を持ってきます。Aさんにはありません。

校庭の蛇口から水をお腹いっぱい飲んで、空腹を紛らわせていました。

いまではその原因が実の父にあったことがわかり、そのことを責めるつもりはまったくありません。

しかし、当時のAさんには義理の母の関わりがつらかった。そして17歳のときに家を飛び出してしまったのです。

こうした家庭環境で育ったAさんには、高い自信はもてませんでした。

しかし、そんなAさんを救ってくれたのは、実の母でした。

家出を聞きつけ、半年かけて、八王子市内を探し回り、鉄工所で働くAさんを探し出してくれたのです。

このときほど母親の愛情を感じたことはありませんでした。

「この世に自分を必要としてくれている人がいる」「自分はいてもいいんだ」とはじめて思うことができたのです。

いまのAさんがあるのは、実の母のおかげです。

実母との再会によってAさんんお自己愛、自己イメージは一気に高まりました。