自分にも他人にも嘘はつかない

他者の期待を満たすように生きることは、楽なものでしょう。
自分の人生を、他人任せにしているのですから。
たとえば親の敷いたレールの上を走る。
ここには大小さまざまな不満はあるにせよ、レールの上を走っている限りにおいて、道に迷うことはありません。
しかし、自分の道を自分で決めようとすれば、当然迷いは出てきます。
「いかに生きるべきか」という壁に直面するわけです。

他者からの承認を選ぶのか、それとも承認なき自由の道を選ぶのか。大切な問題です、一緒に考えましょう。他者の視線を気にして、他者の顔色を窺いながら生きること。
他者の望みをかなえるように生きること。
たしかに道しるべにはなるかもしれませんが、これは非常に不自由な生き方です。

ではどうしてそんな不自由な生き方を選んでいるのか?よく承認欲求という言葉を使いますが
要するに誰からも嫌われたくないのでしょう。

そう。たしかに嫌われたいと望む人などいない。
でも、こう考えてください。
誰からも嫌われないためには、どうすればいいか?

答えは一つしかありません。
常に他者の顔色を窺いながら、あらゆる他者に忠誠を誓う。
そうしておけば当座のところは誰からも嫌われずに済みます。

しかしこのとき、大きな矛盾が待っています。
嫌われたくないとの一心から、10人全員に忠誠を誓う。
これはちょうどポピュリズムに陥った政治家のようなもので、できないことまで「できる」と約束したり、取れない責任まで引き受けたりしてしまうことになります。無論、その嘘はほどなく発覚してしまうでしょう。
そして信用を失い、自らの人生をより苦しいものとしてしまう。
もちろん嘘をつき続けるストレスも、想像を絶するものがあります。

ここはしっかりと理解してください。
他者の期待を満たすように生きること、そして自分の人生を他人任せにすること。
これは、自分に嘘をつき、周囲の人々に対しても嘘をつき続ける生き方なのです。

では、自己中心的に、勝手に生きろと言うとそうではありません。

課題を分離することは、自己中心的になることではありません。
むしろ他者の課題に介入することこそ、自己中心的な発想なのです。
親が子供に勉強を強要し、進路や結婚相手にまで口を出す。
これなどは自己中心的な発想以外の何物でもありません。

自分が自分の人生を好きに生きてはいけない理由など、どこにもありません。

不自由な生き方を選んだ大人は、今この瞬間を自由に生きている若者を見て「享楽的」だと批判します。
もちろんこれは、自らの不自由なる生を納得させるために出てきた、人生の嘘です。
自分自身が本当の自由を選んだ大人なら、そんな言葉は出てきませんし、むしろ自由であろうとすることを応援するでしょう。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには自分に嘘をつくことなく、課題の分離をしっかり行いましょう。

※参考文献:嫌われる勇気 岸見一郎著

 

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