自分を信じられないとは

自分を信じられないとは、生きていて辛いと感じることです。

自分自身のサイズで、飾らず生きている人は、生きていて辛いとは感じない。

例えば、集団で雑談しているとき、自分は声が震えるからここで話しに入って震えてしまったらみんなから変な目で見られるのではないか、嫌がられるのではないかと思ってしまい、輪の中に入れず、自分は必要とされていないんだと、気落ちしてしまっている状況が自分を信じられないということです。

しかし、自分を信じられる人は、生きていて辛いとは感じない。

緊張して震えることはわかっている。しかし雑談そのものを楽しみ、震えのことなんて忘れてしまう人もいます。

本当の自分で生きていない

自分を信じられない人はずばり、本当の自分で生きていないからです。

本当の自分とは心理的に何も着飾らない等身大の自分ということです。

本当の自分で生きていないから自分を信じられない。

文のごとくそのままです。

人間は偽った自分で生きると苦しくなります。

ここが人間の見事な所です。

意識の上では素の自分を出しているつもりでも、無意識の上では怒りや敵意が渦巻いています。

チューリップがチューリップとして生きているなら何も問題はありません。

しかしチューリップがコスモスになろうとすると苦しくなります。

背伸びせず、柳の木が揺れるようにありのままに生きることで、自分を信じられるようになります。

自分を信じられない原因

ではなぜ自分を信じられない人は背伸びした自分でしか生きられないのでしょう。

自分を信じられない人の原因は小さい頃からの家庭環境にあります。

小さい頃、親がアルコール依存症だったり、親同士のケンカが絶えなかったり、過保護過干渉といったような環境で育つと、自分を信じられなくなります。

学生時代、テストの点が悪くて怒られたり、ごはんを残すと怒られたりすると、こういう自分じゃいけないんだという意識が芽生えます

そこで無理をして背伸びする生き方が身に付いてしまうのです。

愛着障害との関係

自分を信じられない人は愛着に問題を抱えた人が大多数をしめます。

愛着とは幼少期から特に親によって育まれる不安や安心の根源をなすものです。

特に自分を信じられないというタイプは不安型の愛着障害を持っている可能性が高いです。

愛着障害を克服するためには安全基地となる人を見つけ、そこからアプローチしていく方法をとります。

アダルトチルドレンとの関係

自分を信じられない人は幼児期の教育環境で愛情を正しく受け取れなかった場合が多いです。

親がアルコール依存症だったり、神経症だったり、過保護、過干渉の家庭で育つと自立した大人になり切れない、アダルトチルドレンである可能性が高いです。

アダルトチルドレンにうまくアプローチして、心理的に自立することができると自分を信じられるようになります。

アダルトチルドレンの人は、こうするべきという思考に支配されてしまっている人が多いので、こういう自分も大丈夫、背伸びしないありのままの自分で大丈夫と思えるようになると、自分を信じられるようになっていくのです。

あなた自身の固有の人生。つまり親の十字架を背負うことはないのです。

遺伝との関係

脳の神経細胞の遺伝子には不安遺伝子sと安心遺伝子lがあります。

そして、人が不安になる要素として、この二つの遺伝子の組み合わせがあります。

一つ目は遺伝子ss。これは不安になりやすい遺伝子です。日本人の約7割がこの遺伝子を持っているとされています。自分を信じられない人のほとんどがこのタイプの遺伝子です。

二つ目は遺伝子sl。これは少し不安になるバランスのとれた遺伝子です。日本人の約2割の人がこの遺伝子を持っているとされています。

三つ目は遺伝子ll。これは安心しやい遺伝子です。これはアフリカの人の約7割が持っているとされています。

では、なぜ日本人とアフリカ人とでは所有している遺伝子のタイプにこんな差があるのでしょうか。

それは、人類の起源はアフリカから始まったとされており、そこから各地に移動していきました。その移動の道中で、自然災害にあったり、動物に襲われたり、疫病や飢えが起こったり、船が難破したりと、数々の危険にさらされてきました。

そんな中で自分の身を守るため、不安になる術を得たと考えられます。

そして、その移動の最果てが日本だったため、日本に不安になりやすい遺伝子を持った人が多くいると考えられています。

すなわち、自分を信じられなくなるのも自分の身を守る術だと言えるかもしれません。

信じられないことを外化する

自己不信が受け身で外化されると、自分は相手に信じられていないと思ってしまいます。

他人はみな自分を信じていないように感じます。

「誰も私のことなんか信用していない」と感じるようになってしまいます。

その自己不信を受け身で外化すると「あいつが私を信じていない」ように感じます。

自己不信を受け身で外化する人は、病気で会議に欠席する時に「病気です」と言っても、皆は自分が病気だと信じていないのではないかと思います。

自己不信の教授が病気で休講の連絡を大学にします。

それが本当でも「きっと皆は自分が怠けて休講したと思うだろう」と推測します。

こういう人たちは感情的恐喝に弱いのです。

つまりたとえば「友達なのに私を信じてくれないのね」と脅されます。

不動産を買うときに騙された人です。

不動産屋が瑕疵のある土地を売る時に買い手を騙すために言った言葉、「隣人同士なのにゆずってくれないのですね」
この言葉で脅されて、譲ってしまいます。

自己不信を受け身的に外化する人は、ずるい人に何でもされてしまいます。

自分が自分を信じていないときに、受け身ではなく積極的に外化すると「あいつは信じられない」になります。

自分が自分を信じられないのに、「あいつを信じられない」となります。

自己不信を積極的に外化する人は、じぶんが嘘を演じているから、人を信じられないのです。

こういう人には前向きに生きるエネルギーはありません。

本気で仕事をするエネルギーはありません。

相手に愛されていても、
愛されていると自分が信じられない人は信じられません。

どうしても相手のすること、言うことを疑ってしまいます。

自分を信じられないと他人を信じられない

よく「そんな書類、偽造だよ」と騒いでいる男がいます。

あるいはすぐに「あんなもの信じられないわよ」などと騒いでいる女がいます。

なんであんなに「信じられない、信じられない」と騒ぐのかと首をかしげたくなる自分が信じられない人がいます。

十分に証拠もあり信じられることを信じられないのは、その人の自己不信を表しています。

これらの人は自己不信を積極的に外化しているのです。

自己不信を積極的に外化する人は性格的には非抑制型の人であり、受け身で外化している人は、抑制型の人です。

そして自己不信を外化している人は、同時に自己蔑視も外化しています。

ようするに皆自分を裏切って生きてきた人々です。

そういう自分が信じられない人たちは皆、自分を裏切って、周囲のたちの悪い人に迎合して生きてきてしまったのです。

生まれてきた以上、誰でも周囲に適応しなければなりません。

幸いにして養育者をはじめ周囲の人が、その人に関心を持ってくれる人だったのです。

そうでなればその人はその関心の中で心理的に成長できます。

しかし周囲の人がその人に無関心でした。

でも生きていかなければなりません。

そういう自分が信じられない人は途中で問題を起こす人もいるし、頑張って無理をして適応していく人もいます。

しかし社会的に適応できても心理的には適応できません。

そこで外化が始まります。

要するに自己不信の人も自己蔑視の人も皆、社会的に適応できているが心理的には適応できない人たちなのです。

対人恐怖症になりやすい

自分を信じられないということは自分を低く評価しているということです。

逆に自分を高く評価出来ていれば自分を信じられているということになります。

しかし、自分を信じられない人は、他人も信じられません。

つまり他人から低く評価されていると思ってしまいます。

そこで、他人と接するときは背伸びをした自分を見せようとします。

そうすると、他人と接する時には苦しくなります。

これが対人恐怖症の仕組みです。

対人恐怖症の人は他人から辛口評価されているという幻想を見ているのです。

重度の場合、引きこもりや家庭内暴力、抑うつ症状など

自分を信じられないと、他人も信じられなくなると既記しましたが、他人が信じられなくなると、良いことであっても他人からは辛口に評価してくるのではないかと思ってしまいます。

そうなると、自分を信じられない人はもっと他人に良いように見せなくては、と思い、苦しくなります。

その結果、他人が怖くなります。

そうなると外に出て人と会うのが嫌になったり、他人の視線が怖くなったり、更には心の底に怒りが蓄積され、その怒りを家族にぶつけることにもなり得ます。

また、その怒りを発散できず、内にため込むと、抑うつ状態になります。

自分を信じられない人はどうしたらよいか

弱点の根源を見つめ見方を変える

自分を信じられない人は、客観的に見て弱点ではないことを弱点だと思い込んでいることがあります。

人前で緊張して震えてしまう人は、どうにかしてこの震えを無くしたいと思います。

しかし他の人から人前であがって震えている人を見て、真面目で誠実な人なんだなと思っていたりします。

スーパーマンなどこの世に存在しません。

人間ですから何かしら固有すべきものを持っています。

なぜ、これは弱点だ、だめなものなんだ!と思ってしまうかというと

家庭や学校での教育環境に原因があります。

テストで悪い点を取ると、親や先生に怒られます。

こうしたことが積み重なって、自分を信じられなくなっていくのです。

その人固有のものを取り去ってしまうので、正確にいうと、自分が自分を信じられなくなるということです。

男はいつでも強くあらなければならないわけではありません。

時にはふぬけになっているところが魅力だったりします。

弱点を矯正するより個性を伸ばす

例えば、泳ぐのが嫌で下手な人がいます。

しかしその人に絵を描かせたら誰もが心打たれるような作品を作る人がいます。

家や学校などでは、泳げるようにさせることに意識が行き、絵がうまいという才能はそのままという場合があります。

家や学校などというのは、いわばスーパーマン人間作りたい場です。

何でも人並み以上を望んで塾に通わせたりと必死です。

親はそれで納得いくかもしれませんが、子は自分を信じられなくなっていきます。

泳ぐのが下手だけれども、絵がうまく、イラストレーターとして活躍している人もいます。

勉強は苦手だったけれど、スポーツが出来、大会でいい結果を残し、その道でご飯を食べていっている人もいます。

そういう人を見るとなんだか勇気をもらえますよね。

そういう才能の原石を磨くことに成功した家庭に育った人は自分を信じられるようになります。

無理して背伸びすることをやめる

自分が信じられない人は、無理して背伸びしながら生活してしまっている人です。

無理を続けると自分も他人も信じられなくなります。

例えば、大勢の前でスピーチする時、声が震えてしまう人がいます。

無理をして背伸びする人は、ここで声が震えないように努力します。

しかし、自分を信じられるようになるにはここで声をあえて震えさせるように努力することです。

努力して失敗しよう!ということです。

こうすることで、等身大の自分でいられるため自分を信じることができるようになることです。

癒される人(安全基地)を見つけ、なるべく行動を共に

しかし、やっぱり、大勢の前で声が震えるのが怖いという人は、一緒にいて癒される人となるべく行動を共にすることが大切です。

声が震えるのが怖いという自分を信じられない人は、小さい頃から人前では堂々としなさいと教育されてきてしまったためです。

つまり、声が震えてもいいよ。と育てられてきた人と一緒にいれば、声が震えてもいいんだ。と思えるようになります。

そしてその結果、緊張する必要がなくなり、声も震えなくなります。

声が震えても、震えなくてもどっちでもいいという感情になります。