なぜ自分が信じられないのか

等身大の自分

自分が信じられない原因はずばり、本当の自分で生きていないからです。

本当の自分とは心理的に何も着飾らない自分ということです。

本当の自分で生きていないから自分が信じられない。

文のごとくそのままです。

人間は偽った自分で生きると苦しくなります。

ここが人間の見事な所です。

意識の上では素の自分を出しているつもりでも、無意識の上では怒りや敵意が渦巻いています。

チューリップがチューリップとして生きているなら何も問題はありません。

しかしチューリップがコスモスになろうとすると苦しくなります。

背伸びせず、柳の木が揺れるようにありのままにいきることで、自分が信じられるようになります。

ルーツを探る

ではなぜ自分が信じられない人は背伸びした自分でしか生きられないのでしょう。

自分が信じられない人の根源は小さい頃からの家庭環境にあります。

小さい頃、親がアルコール依存症だったり、親同士のケンカが絶えなかったり、過保護過干渉といったような環境で育つと、自分が信じられなくなります。

学生時代、テストの点が悪くて怒られたり、ごはんを残すと怒られたりすると、こういう自分じゃいけないんだという意識が芽生えます。

そこで無理をして背伸びする生き方が身に付いてしまうのです。

愛着障害との関係

自分が信じられない人は愛着に問題を抱えた人が大多数をしめます。

愛着とは幼少期から特に親によって育まれる不安や安心の根源をなすものです。

特に自分が信じられないというタイプは不安型の愛着障害を持っている可能性が高いです。

愛着障害を克服するためには安全基地となる人を見つけ、そこからアプローチしていく方法をとります。

自分が信じられない人と外化の関係

自己不信が受け身で外化されると、自分は相手に信じられていないと思ってしまいます。

他人はみな自分を信じていないように感じます。

「誰も私のことなんか信用していない」と感じるようになってしまいます。

その自己不信を受け身で外化すると「あいつが私を信じていない」ように感じます。

自己不信を受け身で外化する人は、病気で会議に欠席する時に「病気です」と言っても、皆は自分が病気だと信じていないのではないかと思います。

自己不信の教授が病気で休講の連絡を大学にします。

それが本当でも「きっと皆は自分が怠けて休講したと思うだろう」と推測します。

こういう人たちは感情的恐喝に弱いのです。

つまりたとえば「友達なのに私を信じてくれないのね」と脅されます。

不動産を買うときに騙された人です。

不動産屋が瑕疵のある土地を売る時に買い手を騙すために言った言葉、「隣人同士なのにゆずってくれないのですね」
この言葉で脅されて、譲ってしまいます。

自己不信を受け身的に外化する人は、ずるい人に何でもされてしまいます。

自分が自分を信じていないときに、受け身ではなく積極的に外化すると「あいつは信じられない」になります。

自分が自分を信じられないのに、「あいつを信じられない」となります。

自己不信を積極的に外化する人は、じぶんが嘘を演じているから、人を信じられないのです。

こういう人には前向きに生きるエネルギーはありません。

本気で仕事をするエネルギーはありません。

相手に愛されていても、
愛されていると自分が信じられない人は信じられません。

どうしても相手のすること、言うことを疑ってしまいます。

自分が信じられないと他人を信じられない

よく「そんな書類、偽造だよ」と騒いでいる男がいます。

あるいはすぐに「あんなもの信じられないわよ」などと騒いでいる女がいます。

なんであんなに「信じられない、信じられない」と騒ぐのかと首をかしげたくなる自分が信じられない人がいます。

十分に証拠もあり信じられることを信じられないのは、その人の自己不信を表しています。

これらの人は自己不信を積極的に外化しているのです。

自己不信を積極的に外化する人は性格的には非抑制型の人であり、受け身で外化している人は、抑制型の人です。

そして自己不信を外化している人は、同時に自己蔑視も外化しています。

ようするに皆自分を裏切って生きてきた人々です。

そういう自分が信じられない人たちは皆、自分を裏切って、周囲のたちの悪い人に迎合して生きてきてしまったのです。

生まれてきた以上、誰でも周囲に適応しなければなりません。

幸いにして養育者をはじめ周囲の人が、その人に関心を持ってくれる人だったのです。

そうでなればその人はその関心の中で心理的に成長できます。

しかし周囲の人がその人に無関心でした。

でも生きていかなければなりません。

そういう自分が信じられない人は途中で問題を起こす人もいるし、頑張って無理をして適応していく人もいます。

しかし社会的に適応できても心理的には適応できません。

そこで外化が始まります。

要するに自己不信の人も自己蔑視の人も皆、社会的に適応できているが心理的には適応できない人たちなのです。

対人恐怖症になりやすい

自分が信じられないということは自分を低く評価しているということです。

逆に自分を高く評価出来ていれば自分を信じられているということになります。

しかし、自分が信じられない人は、他人も信じられません。

つまり他人から低く評価されていると思ってしまいます。

そこで、他人と接するときは背伸びをした自分を見せようとします。

そうすると、他人と接する時には苦しくなります。

これが対人恐怖症の仕組みです。

対人恐怖症の人は他人から辛口評価されているという幻想を見ているのです。

重度の場合、引きこもりや家庭内暴力、抑うつ症状など

自分が信じられないと、他人も信じられなくなると既記しましたが、他人が信じられなくなると、良いことであっても他人からは辛口に評価してくるのではないかと思ってしまいます。

そうなると、自分が信じられない人はもっと他人に良いように見せなくては、と思い、苦しくなります。

その結果、他人が怖くなります。

そうなると外に出て人と会うのが嫌になったり、他人の視線が怖くなったり、更には心の底に怒りが蓄積され、その怒りを家族にぶつけることにもなり得ます。

また、その怒りを発散できず、内にため込むと、抑うつ状態になります。

自分が信じられない人はどうしたらよいか

無理して背伸びすることをやめる

自分が信じられない人は、無理して背伸びしながら生活してしまっている人です。

無理を続けると自分も他人も信じられなくなります。

例えば、大勢の前でスピーチする時、声が震えてしまう人がいます。

無理をして背伸びする人は、ここで声が震えないように努力します。

ここで声が震えないように自分が信じられない人は努力することです。

こうすることで、等身大の自分でいられるため自分を信じることができるようになることです。

癒される人(安全基地)を見つけ、なるべく行動を共に

しかし、やっぱり、大勢の前で声が震えるのが怖いという人は、一緒にいて癒される人となるべく行動を共にすることが大切です。

声が震えるのが怖いという自分が信じられない人は、小さい頃から人前では堂々としなさいと教育されてきてしまったためです。

つまり、声が震えてもいいよ。と育てられてきた人と一緒にいれば、声が震えてもいいんだ。と思えるようになります。

※参考文献:イライラのおさめ方 加藤諦三著