こうした振り返りと再体験のプロセスを経る中で、自分を回避へとむかわせていた外傷的体験の記憶がよみがえってくるとともに、さらにその根底にあった親との不安定な愛着という問題が自覚されるようになる。

ただ、こうした作業は、往々にして苦痛を伴うものであり、その過程で、眠りが浅くなったり、落ち込んだりすることもある。

自分が避けていた問題に向き合うことを求められるのであるから、それは自然な反応である。

だが同時に、こうした本質的な問題に取り組むことには、心を活性化し、エネルギーを高める力もある。

抑え込まれてきたものが放出されることによって、膠着状態が破れるのである。

こうしたプロセスが、本来の変化を起こすためには不可欠なのである。

自分を縛ってきたものが自覚されるにつれ、少しずつ変化が生じる。

このとき、その変化のエネルギーを、回避していた状況から主体性を回復しようとする方向に働くように、うまくつなげていく必要がある。

というのも、最初のうちは、まだ変化の方向が定まらず、ただ現状にイライラしたり、昔の出来事ばかりに囚われたり、親に問いつめようとしたり、それがうまくいかないと、ふさぎこんだり、攻撃的になったりして、「悪化」したように見えることもしばしばだからだ。

これは、高まったエネルギーをどこに向ければいいのか、本人も戸惑っているような状態と言える。

だが、この反応が、回避を脱するためには必要なのである。

自分を縛ってきたものを、かなぐり捨てるためには、少しばかり攻撃的になる必要があるし、特に親から支配されてきたというケースでは、親に対して反発が出てくる必要がある。

ただ、それが周囲との摩擦に浪費され、空回りに終わってしまってはもったいない。

変わろうとするエネルギーを現実的な変化につなげていく必要がある。

そのためには、ある時期から現実的な行動を促すことが必要になってくる。

「もう動く時期が来たよ。動いても大丈夫だ。準備は整った」ということをメッセージとして伝え、本人の安心感を脅かさない範囲で、肩を押す。

一歩踏み出せるように、そっと、場合によっては力強く押す。

時期が来ていれば、軽く押しただけで、動き始める。

過去を振り返るプロセスから、今の自分を変えていくという現実の課題に目が向き始める。

それは、自分を縛っていたものがほぐれ始めたことのあらわれである。

Kさんの場合、「そろそろ行動を起こしてみたら」というひと言で、仕事探しを始め、半月後には仕事を始めた。

焦って頑張り過ぎたり、疲れから不安定になることもあったが、そこを乗り切ると、落ち着いていったのである。

※参考文献:回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち 岡田尊司著